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世界の投資家が注目? シリコンバレーの新産業「クリーンミート」とは

ケヴィン・ケリー(元『WIRED』創刊編集長)

2021年10月08日 公開

米『WIRED』の創刊編集長を務め、テック界のビジョナリーと称されるケヴィン・ケリー。シリコンバレーで約40年間にわたり数多くの企業の盛衰を見つめてきた著者が注目する、「これから来る産業」とは何か。(聞き手・大野和基、訳・服部桂)

※本稿は、ケヴィン・ケリー著『5000日後の世界―すべてがAIと接続された「ミラーワールド」が訪れる』(PHP新書)を一部抜粋・編集したものです。

 

クリーンミートが「食」の概念を変える

私が現在最も注目しているテクノロジーのひとつが、バイオテックです。先日、バイオ関連に特化した、あるインキュベーターに会いに行きました。サンフランシスコにあるインディーバイオ(IndieBio)という会社です。

そこを通して、かなりの数のクリーンミート(培養肉)の会社が立ち上がっています。そこではスタートアップ企業がひしめいていました。1年の間に15社ずつ2回、つまりこのインキュベーターだけで毎年30社も新規起業しているんです。

その中の1社であるニューエージミーツ(NewAgeMeats)とかなり長い時間話しました。他にもインポッシブルフーズ(ImpossibleFoods)、ビヨンドミート(BeyondMeat)、メンフィスミーツ(MemphisMeats:のちに社名をUPSIDEFoodsに変更)といった同じような会社があります。

それらの会社は、植物由来の成分や動物の細胞を使って、デスレスミート(動物を殺さない肉)とも呼ばれている人工肉を作っているんです。

培養肉の豚肉は、豚の細胞や脂肪、筋肉を備えていますが、豚を育てて取ったものではありません。動物を殺さないうえ、もっと健康にいい肉にしたり、味を変えてみたり、肉質を高めたりすることもできます。いろんな手を加えられるんですよ。そしてその効率性たるや大変なもので、骨などの不要な部分は作らず、肉だけを作るんです。

それに与える栄養は基本的に豚に与えるものと同じ大豆とトウモロコシなんです。まるでSF映画みたいな話ですが、望めばどんなものにでもできます。クリーンミートの産業は大きく成長して、重要な産業になると思います。私のように15年も豚も牛も食べていない人も食べられる肉を作るのです。

私の食生活は「テキサス式菜食主義」というもので、魚や鳥は食べるが、豚、牛、羊、馬などの哺乳類は食べません。自分で殺したとしても罪悪感を覚えないものしか食べないのです。私は家の庭で鶏を飼っていて、食べることになれば殺しますし魚も大丈夫です。

しかし豚は非常に賢い動物ですから食べません。とはいえ、殺す必要がないなら喜んで食べると思います。そこで人工肉を受け入れるのです。他にも、人工肉であれば、宗教上の理由から豚を食べないユダヤ教徒でも食べられますよね。

バイオテックのスタートアップは、他にチーズも作っています。例えば、乳糖やコレステロールの入っていないモッツァレラチーズなどです。味はまるで同じですが、牛から直接作ったものではないのです。

アジアでは乳糖アレルギーの人も多いですが、乳糖やコレステロールを含まないどんなチーズも作れて、味は同じなのです。これは大きく成長する予感がします。こうした手法はバイオテックの応用です。

私が訪れた企業には醸造タンクのような装置があって、まるでマイクロブルワリー(小規模醸造所)のようでした。醸造と同じようなテクノロジーを使っており、ブルワリーと同じような機械が揃っています。ですからこうした企業はかなり大きく成長すると思います。

新しいバイオテックにより、いままでと違う種類の肉を作れたり、栄養価の高い食品ができたり、味も良くなったり、個人の好みに合わせることもできるなど、新しい価値が加わります。

デジタルで起きたように、バイオテックでも速度が上がり、選択しやすくなり、種類が増え、個人に合わせられる、という変化が起きます。これがX-バイオロジーです。

 

バイオテックに投資マネーが集まる理由

サンフランシスコ南部だけでもバイオテックの会社は200社ほど存在し、シリコンバレーの他の地域にもさらに100社ほどあります。

ベイエリアの周りには巨大なスタートアップの生態系が出現しており、それらはクリーンミートから始まって、使い捨て有機プラスチック、新しい魚の養殖法、建材、空気の浄化まで、食料にとどまらない非常に幅広いバイオビジネスを展開しています。

近年多くのバイオテックのスタートアップができている理由はいくつかあります。まず、バイオのツールやテクノロジーが非常に進歩して、あまりお金をかけずにこの分野に参入することが可能になったのです。

以前には遺伝子を操作・デザインする手法が限られていたせいで、この分野に参入しようとすると多額の資金が必要で時間もかかりました。ですが、最近ではこうしたツールがどんどん増えて広がってきました。

第二に、前述したようなインキュベーターの存在です。あるアイデアを持った若者たちが出会ってインキュベーターのところへ行けば、以前は何百万ドルもかかるようなプロジェクトを、すぐさま開始して4カ月以内に製造を始められるようになったのです。

実験のツールが安くなり、いろいろ複製する手段も揃っています。そこでいまでは、ビール造り用のタンクやポンプなどと同じような器具で、実際の製品を製造できるようになったのです。

さらに、外部委託することもできるので、自分ですべての段階を踏まなくてもいいのです。それこそ、この(スタートアップの)生態系のすばらしいところで、ある会社からある素材を手に入れ、ここの配列決定は外部委託し、ここは他の人にやってもらう……というようにできるのです。

その場でプロトタイプ(試作品)と実際の製品を作れる支援システムがあります。そういうツールはすべて革新的なものですし、どんどんその数は増えています。

第三の理由としては、デジタル業界の会社が増えすぎたいま、バイオテックでいろいろなイノベーションが起きているのを見て、次のビジネスチャンスがある未開の地はここだ、と考える人が増えたことでしょう。まだ競争は激しくなく、より大きな領域なのにまだ混み合っていない。

そして四番目には資金調達が容易になっていることが挙げられます。現在のような高齢化社会では、健康やバイオにもっと資金を投入したい雰囲気が業界にあふれており、そのために投資したい人が増えて、利用できる資金が豊富に存在するのです。

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われわれは「新生物学的な時代」を生きることになる

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