大企業で「イノベーションが起こせない」本質的な理由
2021年10月11日 公開
米『WIRED』の創刊編集長を務め、テック界のビジョナリーと称されるケヴィン・ケリー。ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズ、ジェフ・ベゾスなど伝説の起業家を取材してきた著者が出した、「イノベーションの結論」とは。(聞き手・大野和基、訳・服部桂)
※本稿は、ケヴィン・ケリー著『5000日後の世界―すべてがAIと接続された「ミラーワールド」が訪れる』(PHP新書)を一部抜粋・編集したものです。
成功すればするほど「人生の意義が見出せなくなるジレンマ」
私は、『WIRED』の取材を通じて、シリコンバレーで成功した数多くの起業家に話を聞いてきました。その結論として、成功すればするほど、人は自分の存在の意義を見出せなくなると感じています。
成功に守られて現実から離れてしまうんですね。私は70年代にインドなどを旅していましたが、年配の旅行者に会うことがあり、彼らはお金もありガイドが付いてバスで移動していました。
私は自由に時間を過ごしていましたが、ツアー参加者は次の予定が決められているために時間が取れず、私のことを羨ましそうに見ていました。お金持ちは経験や時間稼ぎと安直さのためにものを買いますが、それが自分を現実から遠ざけてしまうのです。
ところが私はお金がないので、そうした経験を得る唯一の方法は、クリエイティブに工夫をこらし革新的な方法を駆使するしかなかったのです。何も買えるお金を持っていなかったら、別の方法で目的に達するしかないでしょう。
成功することで、現状から外に出ることが難しくなってしまうのです。現状からちょっと無理して成長することは可能かもしれませんが、どこか別のところに移ることはとても困難です。そっちに移動することは生死に関わることです。
また貧乏になり、愚かになり、初心者になり、落ちぶれてお金も儲からなくなる。成功すればするほど、完全さを求めます。より成功したら、その完成度を上げたくなるだけです。完成したものにちょっと手を加え、もっと高度なものにしようと考えてしまう。
しかしレベルを上げるには、まずはいったん下げなければいけません。次のレベルに行くには、いったん谷底まで下りてまた登るのです。しかし、それができません。しかしこうして下りることは、成功者にとっては成功を否定するものなのでできないのです。
嫌われ者だから成功し続けたスティーブ・ジョブズ
私はビル・ゲイツやジェフ・ベゾスなどにも会ってきましたが、彼らはまだ成功の真っ最中で、この例には入りません。彼らは自分のことをよくわかっていて、そのせいで依然として成功しているのです。
ビル・ゲイツはお金を稼ぐ人生から寄付する方向に転身しましたが、それは彼が自分自身や周りのことがよく見えているからです。業界のトップにいる時点で辞任しましたが、これは非常に難しい決断で、彼は例外と言っていいでしょうね。
スティーブ・ジョブズも、存命の頃は嫌われることが非常に得意で、いつでも嫌がられていました。ジョブズのことを好きではない人は多く、彼はとても傲慢で失礼な人なんですが、物事を推し進め、危険をものともせず、諦めずにやり続け、成功に囚われない。
そのせいでいい人にはなれませんでしたが、ずっと成功し続けることができました。彼は自ら創業したアップルから、周囲に嫌われて追い出されましたが、その後またアップルに復帰しています。
私がイメージするのは、あまり有名ではない金持ちで、CEOになって成功していて、航空会社を経営しているような人たちです。誰とは言えませんが、成功者と思われているが、自分の人生や成功に非常に縛られている人で、サンフランシスコの不動産王みたいな、いくつもビルを所有しているような成功者です。
彼らを批判しようというつもりはありません。しかし彼らは成功を捨てて何かまったく違うことはできないんです。自分を本当に知るには失敗しなくてはならないし、上手くいかないことを経験しなくてはならない。
科学とは失敗を基礎にしたもので、本当に進歩するためには上手くいかない実験をしなくてはなりません。イノベーションも失敗から生まれるのです。成功とは何かを知るためには、何か上手くいかないものに挑戦しなくてはなりません。
多くの人は成功すればするほど失敗するのがより難しくなり、それに抵抗してしまいます。同じことは私にもありました。私も成功するほど、失敗する見込みが高いチャレンジをするのが難しくなり、我慢がきかなくなりました。