人を一面で判断していないか
"人は見た目で判断する"ということは知っていなければなりませんが、私たち自身は、見た目や好き嫌いで人を判断しないよう気をつけなくてはいけません。特に部下を好き嫌いで見るのではなく仕事で見ることです。たとえば部下の素直さをどう受け取るか。
上司から注意を受けたとき、「はいっ、かしこまりました!」と気持ちのいい返事をしながら、行動が伴わない部下がいます。聞けども聞かず、見れども見えずで、自分の非を認めつつもいっこうに直らない。
一方、「はあ、分かりました」とぶっきらぼうな返事しかできなかったり、カチンときた感情がその場で顔に出てしまったりしても、あとで、非あらば受け止め、改めようと努めて、確実に変わっていく部下もいます。
一度ふり返ってみたい。前者をかわいがり、後者には「何だ、その言い方は!?」と言っていないか。もちろん、ぶっきらぼうな言い方は直さなければなりませんが、どちらが素直かということを見誤ってはいけないのです。
そんな私にも苦い経験があります。お客様の中に、いつも自分の部下の愚痴や悪口ばかり言っている社長さんがいました。"会社の外で部下の悪口を言う社長はよくない社長"だと本気で思いましたし、その社長さんに対しても、「部下の悪口を言わないでください」と率直に物申しました。
でも、その社長さんは、いつも悪く言っていた部下が重い病気になったとき、最期まで面倒をみたばかりか、遺族の方に何年もお金を渡し続けられたのです。それを知ったとき、私は涙を抑えられませんでした。そして、何をもって"いい社長"かということを、本質を見ず一面だけで判断していたのではないかと、痛烈に思い知らされたのです。
お礼は二度言え
このときの私をふり返るにつけ、素直さを忘れて人を一面だけで判断してしまうことの怖さを感じます。
素直さとは、自分の知識や経験、主観などにとらわれず、何事も吸収できる心の状態を言うと思いますが、知識や経験を積めば積むほど、知ったかぶりをしたり、こうだと決めつけてしまったりしがちです。以前には気づいたことも、「でも」「だけど」「そうは言っても」などといった感情が出て、素直な吸収を妨げてしまうのです。"慣れ"は素直さの敵です。
素直さと礼儀・礼節も、密接なつながりがあります。人に何かをしてもらったとき、素直にうれしいと思い、お礼を言える人も、慣れるとつい、感謝の気持ちが薄れてくるものです。
「お礼は二度言え」ということをご存じでしょうか。たとえばごちそうしてもらったとき、その場で「ごちそうさまでした」と言いますが、次に会ったときに「先日はごちそうさまでした」と言えるかどうか。物をもらったときの「ありがとう」は言えても、それを食べたあと、使ったあとの「ありがとう」を言えるかどうか。
私の経験では、ふだん私にごちそうしてくださる人に、そのお礼にと私がごちそうさせていただくと、次にお会いしたとき間違いなく、「先日はごちそうさまでした」と言ってくださいます。その確率は100パーセント。見事なまでにお礼を2度おっしゃいます。
これは、おごられ慣れていないからお礼を忘れない、という見方も一面できますが、やはり"喜び上手は、喜ばせ上手"なのではないかと思います。人に何かを差しあげたら、"気に入ってもらえただろうか""おいしかっただろうか"などと気になります。だから逆に自分は、喜びや人への感謝を忘れない。
"愛される人財"の条件の1つは、礼儀・礼節がきちんとできることであり、人を喜ばせるのが上手なこと。それはなにも、お金をかけてプレゼントをするとか、食事をごちそうするということをさすのではありません。些細なことでもいい、相手に喜んでもらうためにできることは何かをとことん考え、動くことではないでしょうか。
お客様にお出しするお茶も、相手のことを思い心をこめて入れたお茶と、"入れりゃいいんでしょ"という気持ちで入れたお茶では、味が違います。私がまずお茶の入れ方、お客様への接し方などの礼儀・礼節から厳しく指導するのは、いつか部下に"喜ばせ上手"になり、"喜び上手"になってほしいと思うからです。
(あさくら・ちえこ)
株式会社新規開拓 代表取締役社長
1962年大阪府生まれ。小学校教諭、税理士事務所勤務などを経て、35歳で「地獄の特訓」で有名な㈱社員教育研究所に入社。礼儀・挨拶を徹底した営業スタイルで、未経験から3年後にトップセールス・パーソンに。そのノウハウを広く啓蒙するため2001年に独立。現在、(株)新規開拓代表取締役社長。社員教育のエキスパートとして、経営者セミナーや講演、企業の管理職・セールスパーソンの教育研修を手掛け、"人財"の育成、能力開発に力を注いでいる。
著書には、『自らを極める営業力』(日刊工業新聞社)、『「一緒に仕事ができてうれしい!」と言わせる31の仕事術』(実業之日本社)、『図解・初対面の1分間で相手をその気にさせる実践ノート』(日本実業出版社)、『すごい仕事力』(致知出版社)など多数がある。