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「他人を傷つけない人」はやさしいのか? 配慮の後ろに隠されたホンネ

榎本博明 (心理学博士)

2022年12月01日 公開 2024年12月16日 更新

やさしさが巷に溢れていて、やさしくない人は敬遠されてしまう。そのため、だれもがやさしい自分でありたいと思うだろう。しかし、改めて考えてみると、何をもって「やさしさ」というのだろうか?

MP人間科学研究所代表で心理学博士の榎本博明氏に、さまざまな形のやさしさと、その捉え方について聞いた。

※本稿は、榎本博明著『「やさしさ」過剰社会 人を傷つけてはいけないのか』(PHP新書)から一部を抜粋・編集したものです

 

「配慮ある人」との間に生まれる距離感

今の時代は、人の気持ちを傷つけない人がやさしいと言われるようだ。

傷つけられるのはだれだって嫌なはずだ。こっちが傷つくようなきついことを平気で言う人にはつい身構えてしまうし、そのような人は敬遠したくなる。人の気持ちを傷つけないように配慮してくれる人だと、こちらも安心してかかわれる。

でも、そのような配慮の行き届いた人とのかかわりに、どこか物足りなさを感じることがあるのも事実だ。

傷つくようなことを言ってこないという安心感はあるのだが、なんだか距離を感じさせるのだ。気持ちが触れ合っている感じがしない。傷つけないように気を遣うばかりの関係ってなんか淋しい。そう思わないだろうか。

もしかしたら、「嫌われたくない」っていう、ただそれだけの思いから、やさしげな態度をとっているのかもしれない。それって、自分のことだけを考えて、無難にかかわろうとしているだけで、ほんとうに親しくかかわる気持ちなんかないということではないのか。そう思うと、なんか心の距離を感じてしまう。

これまでこっちの気持ちを傷つけるようなことを言わない人のことをやさしいと思っていたけど、疑問が湧いてきたという人もいる。

よく考えてみると、気を遣ってホンネを出さないようにしているのかもしれないし、そうだとすると、親しくつき合うようになり、ホンネを出し合えるようになったとき、ほんとうにやさしい人かどうかわからない。

もっと単純な状況を想定しても、「今、ここで」傷つけないように配慮するのがやさしさなのかどうか、簡単に判断しにくいということがある。

たとえば、服を裏表間違えて着ている人や前と後ろを間違えて着ている人を見かけたとき、指摘してあげるかどうか戸惑うことがある。

鼻くそが見えてる人を前に話しているとき、教えてあげるかどうか迷うことがある。

その場で傷つけないように見て見ぬフリをするやさしさもあるが、この先さらに恥をさらすのを防いであげるためにあえて教えてあげるやさしさもある。

やさしい人がいいとだれもが言うわけだが、このように「人の気持ちを傷つけない人はやさしいのか」という点について考えるだけでも、具体的にどんな人がやさしいのか、どうもよくわからなくなってくる。

 

うるさく言わない上司のホンネ

自分の上司は、やたら細かくて、部下の仕事の粗探しをするかのように重箱の隅を突くような指摘をしては、「なんでこんなことしたんだ!」と問い詰めたり、「ああしろ、こうしろ」と口うるさく指示してくるので、いい加減うんざりしており、上司に呼ばれる度にモチベーションが下がるという人がいる。

気分で口うるさくする上司や、心配性で不必要に細かくて口うるさい上司にはうんざりするが、相手のためを思う口うるささもある。

実際、部下に営業実績をつけさせたいがために、新規開拓のコツをいろいろアドバイスしてくれる上司に対して、「うるさいなあ」と鬱陶しく思いつつも、実際に助かることも多く、ありがたく思うこともあるという人もいる。

一方で、口うるさいことを言ったりしないし、厳しいことも言わないため、やさしい上司だと言われている人と話してみると、「いや、正直言って、めんどくさいからうるさく言わないだけですよ」と声をひそめながらホンネを漏らしたりする。

照れもあるのかもしれないが、事情を聞いてみると、管理職もいろいろ査定が厳しくなってきたし、自分のことで精一杯で、部下をどうこうしようなどといったことは考える余裕なんかない。

それに、最近の若手は何を言ってもすぐに反発するし、うるさいことを言って部下から逆恨みされて面倒なことになっている同僚を見ていると、部下には何も言わずに距離を取るのが無難だと思う、というのだった。

要するに、自分のことで精一杯で、部下を育てようといった思いもないし、面倒なことになりたくないというだけのようだ。そのような人がやさしい上司と言われたりする。

教育現場でも、怪しげなやさしさがはびこりがちだ。

いつもイライラして口うるさい先生も困ったものだが、口うるさいなどということはまったくないが生徒のことなど全然関心がないといった感じの先生も困りものだ。口うるさくないから良いというものではない。

口うるさい人の中には、自分の思い通りにならないと気が済まずにうるさくなる人もいるだろうが、相手のことを心配したり、相手を何とかしてやりたいと思うあまり口うるさくなる人もいる。相手を何とか良い方向に導いてやりたいという思いがあるために、口うるさくなる人もいるのである。

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やさしいのに、誤解されてしまう人

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