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コオロギは“手に入りやすいオス”を選ぶ? 生物が「目先の利益を優先」する謎

長谷川英祐(進化生物学者、北海道大学大学院准教授)

2023年01月02日 公開 2024年12月16日 更新

世界中には多様な生物が存在し、各々は生き残るために長い年月をかけて進化や淘汰を繰り返してきているという。

北海道大学大学院准教授で進化生物学者の長谷川英祐氏は、そのプロセスにおいて、「全ての生物は時間の中で生きている」と語ります。そして、時間という観点は、未来の「進化論」にとって無視することができない要因だと指摘します。

※本稿は、長谷川英祐氏著『面白くて眠れなくなる進化論』(PHP文庫)より、一部抜粋・編集したものです。

 

「どれだけ価値が上がるか」の分岐点

時間に絡む生物の話をしましょう。いま、ある人があなたにお金をくれると申し出ているとします。

その人が出している条件は、いま受け取るなら1,000円あげましょう。しかし、明日受け取るならば、1,010円になります、というものです。

あなたは今日、明日のどちらに受け取りますか?

多分、ほとんどの人が、今日1,000円を受け取ることを選ぶでしょう。それでは、今日と答えた人に質問です。

明日まで待てば、1,200円になるとしたら、どうでしょうか。

明日まで待つ人も出てくるのではないでしょうか。

このように、人間はすぐにもらえる低い価値と、もっと後まで待って初めてもらえる高い価値を等価であると考える点があります。

つまり、将来の価値は割り引かれて考えられているのです。これを「時間割引」と呼びます。

この話は、元々経済学の分野から出てきたものです。

経済学では、人間は合理的な意思決定をすると考えて、人間の経済行動を解析しようと試みましたが、どうもそれがうまくいかないのです。

そこで、「人間は必ずしも合理的な意思決定をしないのではないか」という考えが生じてきました。その例が「時間割引」だというのです。

あるもの(例えば、お金)の価値は、時間とともにどのように割り引かれていくのでしょうか。人間を使っていろいろと調べてみると、遠い未来ほど割引率が大きいのはいいとしても、同じ時間を待つ時の割引率は時間とともに一定ではないということがわかってきたのです。

例えば、今日の1,000円を受け取る場合と、明日の1,010円を受け取る場合ならば、今日1,000円を受け取ることを選んだとしても、30日後の1,000円と、31日後の1,100円ならば、1日待つという人がいるのです。

同じ1日という待ち時間なのにもかかわらず、割引率は違っています。

つまり、「どれだけ価値が上がると待つか」という分岐点が時間とともに変化するのです。

一般に報酬がもらえるのが近い未来では割引率は大きく(多くの割り増しがないと待たない)、遠い未来になるほど割引率は小さい(少しの割り増しでも待つ)ことがわかっています。

さらに、「時間割引率」がどのように下がるかは時間と比例している(指数割引)のではなく、割引率は最初時間とともに急速に下がり、ある程度時間が経つと下がり方が緩やかになるという双曲線状になることがわかっています。

 

貯金やダイエットが続かない理由

この双曲線性が強いと、合理的な判断ができなくなります。

例えば、貯金をすることを考えてみましょう。貯金とは、今日お金を使うことをあきらめて、将来にお金を使うという決断です。予定通りに貯金ができればいいのですが、多くの人の時間割引は「双曲線状」です。

近未来の割引率は大きいので、わずかな利得しかもたらさない貯蓄を先送りしがちです。

それでも、遠い将来には、少しの割り増しで消費を先送りして貯金できると信じている訳ですが、実際にその時が来てみると、やはり大きな利得がない貯蓄をやめて、お金を使ってしまうのです。

もうひとつの例を出しましょう。ダイエットです。「ダイエットをして健康的に暮らす」という計画を立てても、近未来の割引率は大きいので今はケーキを食べてしまいます。

明日から始めればできると思っている訳ですが、明日になると、やはり今日を優先してまたケーキを食べてしまうのです。

このように、「時間割引」が双曲線状であることは、将来できると思っていた計画がその時になるとできないという結果をもたらしやすいのです。

ということは、貯金やダイエットなどの「合理的には有利な計画を立てても、それが実行できない」というありがちな不利益につながってしまうのです。

読者の皆さんも身に覚えがありませんか?

このような「時間割引」の非合理性は、他の動物でも見られるのでしょうか。

サル、ネズミ、ハトなどで、待たないと少量のエサをもらえるが、待つとたくさんのエサをもらえるという装置を使って学習させて、時間割引を調べる研究が行われています。

結果は、これらの動物は皆「時間割引」の概念を持ち、割引率の待ち時間との関係は双曲的である、というものでした。

しかし、これらの研究は主に心理学の観点から行われており、観察される非合理性は「脊椎動物が持つ高度な脳の認識の歪みに由来するのではないか」と解釈されています。

つまり、時間割引という一見不合理な行動は、高度な脳を持つがゆえの避けがたいエラーだという訳です。

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生物にとって“現在と未来”の価値は等しくない

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