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コオロギは“手に入りやすいオス”を選ぶ? 生物が「目先の利益を優先」する謎

長谷川英祐(進化生物学者、北海道大学大学院准教授)

2023年01月02日 公開 2023年01月02日 更新

 

生物にとって“現在と未来”の価値は等しくない

それでは、高度な脳を持たない昆虫では「時間割引」はあるのでしょうか。

もしあれば、「時間割引」という現象は認識の歪みなどではなく、何らかの適応的な意義のある何らかの適応的な意義のある進化現象である可能性があるでしょう。私たちの研究室では、コオロギを使って「時間割引」の研究をしています。

コオロギでも学習させることは可能なのですが、学習させると、時間割引は学習の副産物だという仮説を否定できなくなるので、彼らが先天的に価値の高低を判断している形質を使って「時間割引」の研究をしています。

それはオスの鳴き声です。

コオロギのメスは、オスの価値をその鳴き声で判断しています。オスは「リリリリ」と鳴きますが、そのとき1秒間あたりに、たくさん「リ」のパルスがある(つまりテンポが速い)オスの声を好むのです。

そこで、細長い通路を作り、メスを真ん中に置き、両側からテンポの違うオスの声を聞かせてどちらの声を選ぶか、という実験を行いました。

両側までの距離が同じだと、メスは確かにテンポの速いオスを選びます。しかし、メスを置く位置を変えることで、両方のオスまでの距離を変えてやる(質の悪いオスへ近づけていく)と、遠くに質の良いオスの鳴き声が聞こえているにもかかわらず、近くの質の悪いオスを選ぶようになります。

まさに、すぐに手に入る質の低いオスと、出合うまでに時間のかかる質の高いオスの間で、価値の割引が観察されます。

この価値の割引率が双曲的になっているかどうかは現在確認中ですが、とにかく学習していない無脊椎動物でも時間割引に相当する現象があるのは確認できました。

ということは、割引という現象が学習の副産物ではなく、少なくともコオロギにおいては、先天的に獲得している形質だということが示された訳です。

それでは、生物はなぜ一見非合理な双曲線的な「時間割引」のパターンを示すのでしょうか。これまでの議論では、報酬の受け取り時間が異なると、同じ待ち時間に対して割引率が異なるのは非合理だと考えられてきました。

しかし、全ての生物はいま生きてはいますが、常に死の危険はあるため、次の瞬間に生きている確率は「1.0」ではないのです。であれば、未来の価値が現在の価値より割り引かれていても不思議ではありません。

というよりも、待っている間に死んでしまえば元も子もないので、死にやすい場合は待たず(割引率が大きい)、死ににくい場合は待つ(割引率が小さい)というやり方が進化するでしょう。

そして、一般的に生物は子どものうちには死にやすく、十分成長した個体は死ににくくなります。若い個体にとって、直近の未来の割引率は大きくなり、遠い未来の割引率は小さくなるはずです。

若いうちは死にやすいので、未来のことより今の利益が大事、しかし遠い未来まで生きていられればその後に生きている確率も高いので、少しでも利益が大きければ待ったほうが得になる確率が高いからです。

こう考えると、「時間割引」のように一見有利ではないかのように見える形質も、実は合理的なのかも知れません。

もちろん、コオロギの時間割引が双曲線的なのか、あるいは前述のように年齢に応じた死亡率の変化によりもたらされているのかは、まだわかりません。

また、次の瞬間生きていられる確率により割引率が異なるのならば、割引の大小が、年齢や自分の死ににくさとともに変化してもおかしくありません。

実際、コオロギでは、若いうちはシビアにオスの鳴き声を選ぶのですが、歳を取って寿命が残り少なくなってくると、シビアには選ばなくなっていくのです。

現在、そういう観点からコオロギや小型の魚を使ってどうなっているのかを調べているところです。

生物にとって現在の価値と未来の価値は同じではない。

このような時間の効果は、従来の「進化論」ではほとんど論じられることがありませんでした。

しかし、全ての生物は時間の中で生きているのです。時間という観点は、未来の「進化論」にとって無視することができない要因です。

 

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