日本の「良質で安いものづくり」が経済の停滞を招いたと言えるワケ
2022年11月30日 公開 2024年12月16日 更新
急激に進む円安に、日本経済は不安視されています。国際競争力の低下が懸念される中、日本のビジネスマンはこれからどのように立ち回るべきなのでしょうか。和田秀樹さんが解説します。
※本稿は、和田秀樹著『50歳からの「脳のトリセツ」 定年後が楽しくなる!老いない習慣』(PHPビジネス新書)から一部を抜粋し、編集したものです。
日本経済の停滞も「加工貿易国」という思い込みが原因
日本の国際競争力の低下が、長年問題となっています。もうこの言葉がすっかり耳に馴染んだという方も多いでしょう。
しかしそんなことに慣れるのは、きわめて異常な事態です。ほかの先進国や新興国を見渡してみて、日本だけが数十年にわたって成長していないことに、なぜ誰も疑問を抱かないのでしょうか。
成長しないどころか、今や円相場は1ドル150円近く(2022年10月20日現在)。急激に進んだ円安は、日本の価値がいよいよ急激に落ちてきたことの証です。
ここに至った主な理由は、これまで述べた通り、新しいことへの挑戦を怠おこたってきたことです。
円は1995年に、一時1ドル80円を切るまでに高くなりました。1ドル360円の時代が終わり、円高が進むなかで、日本企業は「円高でも売れるもの」をつくるべきでした。
しかし、日本企業が実際にしたことは、中国や東南アジアなどに工場を移転するなど、徹底したコストカットによって安い製品をつくり続けることでした。
メルセデス・ベンツもポルシェも、ユーロがどれだけ高くなっても売れる車をつくっています。エルメスやシャネルもしかりです。ユーロ高のときに価格を下げるようなこともしません。
海外のハイブランドが持つこうした強気さ、「高くても欲しい」と消費者が思うものをつくろうという気概が、日本企業には欠けていました。その気概を持つタイミングを逸した、とも言えます。
ひたすらコストカットに励んだ結果、日本経済は成長せず、一転して円安に振れても、そのメリットを生かすことができない体質になってしまったのだと思います。これは、「加工貿易国」という意識から抜け出せなかったからでしょう。
私が子どもだった1960年代ごろ、日本は加工貿易国でした。安い人件費で大量にものをつくって海外に輸出する新興国です。最近までの中国や、今ならばベトナムなども加工貿易国にあたります。
加工貿易は、通貨が安いときほど盛んになります。逆に言うと、新興国から先進国になり、通貨の価値が上がれば、加工貿易国から卒業するタイミングです。高くても売れるものづくりへと、つくり手が意識を変えなくてはなりません。その発想転換をできた企業が、どれだけあったでしょうか。
大多数の企業が「良質で安いものづくり」に最大の力点を置き続けたことも、日本経済の停滞を招いた要因だと私は考えています。かつて日本製品がアメリカで大量に売れたのは、加工貿易国だった日本が安い製品を輸出していたからです。
「日本製=安い」というイメージは、私がアメリカに留学した1991~94年にはだいぶ変わってきていました。ソニーやホンダは高級品と見なされていたのです。
当時は、日本で家庭用のビデオカメラが発売された時期です。留学中の私は、周囲の購買傾向を丹念に観察していたのですが、日本の新製品の値段はまだ高いと思われていました。
1000ドルまで下がらない限り、誰も買おうとしませんでした。そして、そこまで値段が下がると飛ぶように売れました。品質への信頼は世界最高水準でも、あこがれを持たれるようなイメージはつくれなかったから、大量生産で安くなるまで待とうと思われたのでしょう。
そのイメージをつくろうという意識が日本人に芽生えていなかったとも思われます。アメリカで売るために値下げをしたのですから。
その一方で、消費者としての日本人の意識には、「高くても欲しい」という動機が、購買行動の一パターンとして確実に根づきました。特にバブル期までは、私たちの周りにもそうした商品がたくさんありました。
しかしそれらの高級品をイメージするとき、パッと思い浮かぶものは海外のブランドでしょう。腕時計やバッグなどの服飾品で、同じくらいの訴求力を持つ日本のブランドは思い当たりません。
服飾品だけではありません。ダイソンの掃除機も「高額な掃除機など誰も買わない」という巷の予想に反して大ヒットした商品です。日本の消費者にも「高くても欲しい」という気風が残っていたということです。
ダイソンはイギリスの会社です。日本の電機メーカーになぜ同じことができなかったのか、歯がゆさを感じずにいられません。
シニア向け事業の可能性に挑戦できない日本企業
『80歳の壁』は『70歳が老化の分かれ道』以上のヒットとなりましたが、その成功は2つのことを教えてくれました。
1つは、発売時点からアマゾンでも上位に入ったことで、70~80代の方もECでの書籍の購入という「新しい消費のスタイル」に馴染んでいることがわかったことです。
もう1つは、ヒットした両書の内容から得た発見です。両書のテーマは単なる健康や医療といった「長生きのコツ」ではなく、「長く生きるならば元気に充実した人生を楽しもう」というものでした。
そのメッセージが共感を呼んだのは、シニアが「高齢期にこそ人生を楽しみたい」と思っているからにほかなりません。
とすると、シニア向けの商品やサービスを提供している企業の方も、思い込みを取り外すべきではないでしょうか。
介護ビジネスや健康といった分野だけでなく、グルメ・旅行・エンタメといったところに、人口の29%を占める高齢者の市場を開拓できたら、この上ないビジネスチャンスとなるでしょう。
先見性のある会社はすでに着手しています。ジャパネットたかたは購買層が中高年以上の方々とあって、いちはやく豪華客船の旅「ジャパネットクルーズ」を企画、毎年好評を得ているようです。
旅行と言えば、星野リゾートもおそらく、高齢者を大きなターゲットとみなしているでしょう。私もしばしば宿泊しますが、客層の多くをシニアの方々が占めていることに気づきます。
シニア向けと明確に打ち出してはいなくとも、辣腕社長の星野佳路氏がこの流れを意識していないはずはないと私は見ています。
しかしこれらのケースはごくわずかな例外。シニア向けで「新しいこと」をしている企業はきわめて少数です。
両書のヒット以来、私のもとには「当社でも高齢者向けの本を」という出版社からの依頼が降るように舞い込んでいます。しかしそれは「売れる」とわかっているがゆえなので、新しい挑戦とは言えません。
ここでもし、旅行業界やエンタメ業界から新サービスの企画や監修の依頼があれば喜んで受けるのですが、今のところ1つもありません。ITやメディアなどの、先端的なはずの分野もしかりです。
高齢者が楽しむための(高齢者を守るための、ではなく)デジタルツールやテレビ番組の企画がもっと出てきてもいいのではないでしょうか。ものづくりやサービス業の方たちが前頭葉をフルに使って、優れたアイデアを創出してくれるのを心待ちにしています。