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生き方

「末期がんでも予後1週間になるまで会えない」面会禁止の病院で味わった無力感

岸田奈美(作家)

2025年02月20日 公開

「末期がんでも予後1週間になるまで会えない」面会禁止の病院で味わった無力感

「家族の入院」――誰もが不安を感じ、心配になりますよね。生死にかかわる手術であれば、それはなおのこと。作家の岸田奈美さんは、2021年のコロナ禍で、母・ひろ実さんの大手術を控えた入院をきっかけにそんな日々を過ごします。感染防止対策で、病院の扉は閉ざされ、話したくても、顔を見たくても、それすら叶いません。そんなギリギリの毎日の中、岸田奈美さんの中で新たな気づきが生まれます。

※本稿は、岸田奈美著『もうあかんわ日記』(小学館文庫)から一部抜粋・編集したものです。

 

入院とコロナ禍 みんな、会えなかったひとがいる

母が入院した。

病院には5回足を運んだけど、一度も母の顔は見ていない。見れない。感染防止対策で、患者さんとの面会は一律、禁止なので。わたしが最後に見たのは、グッタリして「ほな、さいなら」とつぶやく、とてもシュールな母だ。

新喜劇の幕引きとちゃうねんぞ。

入院した母は、まず病名を特定させなければということで、いろんな抗生剤を入れたり、あちらこちらを検査したりすることになった。

「食道カメラが、想像の5倍くらい太かった。HDMIケーブルを10本束ねたくらいある。いやや、いやや」

3時間おきくらいに、実況の電話が母から入ってきた。

カメラがいやだと泣きついたら、先生が鎮静剤で眠らせてくれたらしい。ただ、鎮静剤が効きすぎて、入れる前から眠ってしまい、気がついたらベッドの上にいて、「これはこれで物足りんな」とさみしそうに言った。

知らんがな。

元気そうな声なのだが、それは本人いわく「高熱に慣れちゃった」だけらしく、39℃くらいの熱はずっと出ていた。

ベッドから身動きがとれないので、ペットボトルの水、お茶、ジュース、着替え、Netflixの韓国ドラマをぶち込んだタブレットなどを持ってきてほしいと母から頼まれた。

「お茶とか水って、食堂の給湯器から看護師さんが出してくれへんかったっけ?」
「コロナ対策中は、それができひんのやて」

なんと。

どおりで病院の入り口に、ペットボトル飲料がいっぱい入った段ボールを抱えて持ってくる人が多いと思った。
ありったけの飲み物などをスーツケースに詰めて、弟と病院を何回か往復した。片道、電車で1時間半かかった。

「ジュース、500ミリの大きな方にしいや」と何回言っても、弟は小さい方を買うので、なんでだろうなと思ったら。

エコバッグの内側に縫いつけられた、たたんで収納する袋部分にぴったりはまる大きさにこだわったらしい。そうか、そうか。きみは隙間を見つけたら、埋めずにはいられない性格だったな。

 

末期がんでも予後1週間にならないと、会いたい人と面会できない

病院に着き、入院棟のナースステーションに行ったけど、荷物をそこで預けるだけで、母には一度も会えなかった。

ただ、忙しそうな看護師さんから「これお願いします」と、母が着ていた服の入った袋を渡される。まだ、あたたかい......。それだけでなんかうれしかったけど、コナンみたいなそのセリフを人生で使う日がくるとは。

さあ帰ろうと1階の待合室を通ったら、40歳くらいのお母さんぽい人と、まだ小さな女の子が、手をつないでいすに座っていた。女の子は泣いていた。

「おばあちゃんに会いたい」

ぐずる女の子を、お母さんがなだめていた。

この病院では、7月以降、感染対策で面会を禁止にしている。つまり7か月間、お盆も、クリスマスも、お正月も、家族や恋人に会えていない人がいるということだ。

母は十数年前、下半身麻痺のきっかけになった手術の長期入院を経験して、一度メンタルがダウンした。死にたい、と打ち明けられた。そんな母が唯一、うれしそうに振り返るのが「奈美ちゃんが病室に遊びに来てくれるのがなによりの楽しみだった」という記憶だ。

それも、いまはできない人たちが大勢いる。当たり前にいる。そこらじゅうにいる。もしあのころの自分だったら。ゾッとした。いまでも、そこそこ、つらいんだけどね。これよりもってことだから。

こんなお知らせの紙も、病棟に張り出されていた。

「終末期がん患者病床においても、面会の制限をします。主治医が予後1週間と判断した患者は、15分間のみ面会可能です」

目を疑うほどの衝撃だった。

末期がんの人ですら、余命予後1週間と診断されなければ、家族に会えない。しかも、会えたとしても、15分。残された時間の少ない、大切な大切な人と、たった15分。想像ができなかった。

死ぬほどつらい。
でも、生きなければならない。

Twitter(現X)でも、たくさんの人が教えてくれた。

「死ぬかもしれない手術なのに、病院で待つことができなかった」
「入院してる5歳の子どもが、電話口でずっと泣いてる。だけど行ってやれない。つらい」

わたしがすごくお世話になっている絵の先生は、「俺も先月、おばあちゃんの死に目に会えなかった。亡くなってから電話がきた」と、悲しそうにしていた。

医師や看護師のみなさんからも、いくつかメールをもらった。

「本当につらい。医療は体を救えるけど、心を救えるのは患者さんのご家族やご友人だけだから」
「危なくなってから、やっと"会いに来てください"って電話をする。心が折れそうになる。悔しい」

みんな、悔しい。しんどい。

でも、このつらさを、吐き出せない人がいっぱいいると思う。だって、しかたがないから。コロナのおそろしさがわかるから。だれも悪くないから。みんな我慢してるから。

だから、吐き出せない。

どんだけ、どんだけ、つらいことだろうかと思う。つらいという言葉ではあらわせない。人は無力をさとったとき、死に直面したときと同じくらいのストレスを受けるそうだ。死ぬほどつらい。でも、生きなければいけない。

 

著者紹介

岸田奈美(きしだ・なみ)

作家

1991年生まれ、兵庫県神戸市出身。大学在学中に株式会社ミライロの創業メンバーとして加入、10年に渡り広報部長を務めたのち、作家として独立。 世界経済フォーラム(ダボス会議)グローバルシェイパーズ。 Forbes 「30 UNDER 30 JAPAN 2020」選出。

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