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「聞いていた待遇と違う」求人サイトの嘘は問題にならないのか? 社労士の解説

馬場順也(社会保険労務士)

2025年04月09日 公開 2025年04月14日 更新

「聞いていた待遇と違う」求人サイトの嘘は問題にならないのか? 社労士の解説

「求人サイトには月の残業時間が10時間程度と書かれていたのに」――こう話すのは、従業員100人のIT企業へ転職した笠原さん(仮名、29歳女性)です。前職でも同業種だった笠原さんは、ワークライフバランスを実現させたいと転職したばかりでした。

しかし、実際に働き始めると、採用サイトに記載されていた情報や面接官から聞いていた内容とは全く異なり「うそをつかれた」と憤りを感じています。採用サイトにうその情報を載せることに問題はないのでしょうか。

 

採用サイトには会社をよく見せようしたウソ情報が少なくない

人口減少や少子高齢化により働き手が不足し、採用現場は売り手市場となっています。そのような状況下、会社は少しでも高いスキルを持ち、即戦力になる人材を短期間で採用しようと努力します。ただ、その努力の仕方を間違えて、会社の印象をよく見せようとするあまり、うそをつくケースも少なくありません。

例えば、月平均の残業時間を実際よりもかなり少なく見せる、交通費に上限があるのに全額支給とだけ書く、休日に休暇や有給休暇も含めた日数で計算する、など募集要項に実態と異なる記載をする会社もあります。

実際には時間外労働や休日労働が多い会社であっても「ワークライフバランスもばっちり」や「プライベートも充実」と共感を呼ぶ表現を使っているケースもよくあるのではないでしょうか。

もちろん社長や採用担当者の考えも分からなくはないです。現場では人手不足が深刻で、すぐにでも人員を補充しなければならない。その一方で採用予算は限られ、求人費用を抑えることを求められています。

早く、安く、いい人材を採用するためには多くの人の目を惹く求人票にせざるを得ない、という切羽詰まった状況なのでしょう。ただ、そのようなうそをついている採用活動では、仮に採用できたとしてもその人材は定着せずに長続きしないケースが多いのです。

 

ウソ情報が問題になるケース

では求人票にうそを載せても問題ないのでしょうか。実は法律違反として問題になるケースがあります。職業安定法第65条8号では「虚偽の広告をなし、又は虚偽の条件を提示して、職業紹介、労働者の募集若しくは労働者の供給を行った者又はこれらに従事した者」に対して、6ヵ月以下の懲役又は30万円以下の罰金が科さられると明記されています。

具体的には、求人実態がないにも関わらず好条件の求人を出しているケースなどでは虚偽表示による労働者の募集として、罰則の対象になり得るとしています。また、この法律では求人票に書かれている情報が虚偽でない場合でも、会社は求職者に誤解を与えないよう努めなければいけないとされています。募集内容が正確で、かつ誰でもわかりやすく伝わるような的確さを求められています。

 

ウソ情報では一時的な人員増員にしかならない

大手求人サイトには、日々新しい求人情報が公開されています。ネームバリューの高い大手企業に人材が集まりやすいため、中小企業は求人情報において求職者の目を惹く工夫をしているはずです。

残業時間を少なく算出できないか検討する、年収の幅をかなり大きくもたせる、仕事の難易度や職場の雰囲気を著しく魅力的に書いたりする。多少よく見せる程度あればトラブルにはなりませんが、それがあまりにも実態とかけ離れてくると、採用ができたあとに会社にとっても社員にとっても不幸な結果が待っているのです。

新たに社員を採用出来れば、採用担当者は自身のミッションが一つ達成したことに安心し、現場は人員が補充されたことに満足します。最初のうちは、新しく採用された社員へ自社のルールや業務を引き継ぐことに時間がかかりますが、一人前になることで業務が分散され、利益向上につながると信じて積極的な指導が行なわれるでしょう。

一方、採用された社員としては、採用サイトや面接官から聞いていた労働条件や職場環境が実態と違うと分かった時点で、会社に対して不信感や不満を抱いています。不信感や不満の程度は、その人が働くうえで重要視している価値観や、聞いていたうそのレベルによって異なりますが、特に負の感情が強い場合には離職という結果になりかねません。

そうして離職することになれば指導・教育に費やした時間が無駄になり、現場には疲労感だけが残ります。また、これまでの採用過程でかけた時間や、求人広告費、人材仲介業者への成功報酬などはすべて無駄になります。さらに、採用担当者は新たな採用活動を始めることになり、トータルの時間と費用はますます増加していくのです。現場には疲弊感が漂い、採用に対する諦めから全体の士気も下がっていくのです。

ウソ情報をもちいた安易な採用は、一時的な人員増加にしかなりません。求職者にとっては人生において大きな損失になりますし、企業にとっても信頼を失う結果になり、長期的には人材の確保がより困難になる可能性もあります。そのような求人は会社の成長につながることがないのです。

 

うそがない採用を有利に進めるためにはどうしたらいいか

多くの人にとって魅力的な労働条件や職場環境を提供できる会社は、それほど多くないと思います。特に中小企業では待遇面で大手企業に劣ることが多いのが現実です。

そのような中で、採用サイトでうそをつかずに求人を有利に進めるためには、自社の魅力を再認識することが求められます。ここでいう魅力とは残業時間や給料、有給消化率などといった待遇のことではありません。待遇面の数字では測りしれない部分を今一度見つけ出すべきだと考えます。

例えば、とても親切に教える社内文化が醸成されており何度でも丁寧に説明するので未経験でも働ける環境が整っていますとか、全国一位の営業社員が同じ部署にいるので営業のテクニックを間近で学び成長することが出来ますとか、労働時間は長い反面プレッシャーを感じる機会は少なく、同業他社と比べると業務もそこまで高いレベルは求められません、などどれも数字には出てこない魅力だと思います。

この魅力は業務に関係のないことでもよく、従業員同士の仲が良くて毎週飲み会があるので公私ともに充実しています、などでも社員が自社のよさだと感じていればいいのです。

その求人を見ても、会社の人と深く交流をしたくない人は応募してきません。会社や社員が感じてほしい魅力に対して、それを魅力的だと感じる価値観をもった人が応募してくれると求人のミスマッチも起きにくく、人材が定着する可能性はぐんと上がります。

自社の魅力は社長や採用担当者だけが感じているものではなく、会社にいる多くの方から意見を出してもらい、深堀していくことで分析できるはずです。

第三者から見れば魅力的なことにも関わらず、社内にいるからその魅力に気づけていないことがたくさんあると思います。年収や残業時間、休暇日数など単純な数値にこだわりすぎず、自社の魅力を今一度見つめなしてみましょう。

著者紹介

馬場順也(ばば・じゅんや)

社会保険労務士

2016年4月に社会保険労務士法人 大槻経営労務管理事務所に入所。2022年に社会保険労務士登録。『中小企業の支援をしたい』という想いから、新卒で金融機関に就職。そこで、一緒に仕事をした社会保険労務士の仕事に感銘を受け、もっと専門的な立場からの支援の必要性を感じ社労士の道を志す。
労務相談やアウトソーシング業務を通してクライアントの企業理念やビジョンの達成をサポートすることを目標とする。また、採用定着士として企業の採用支援にも力を入れている。

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