
お酒を飲むとつい食べる量も増え、気づいた頃には数キロか太っていたという経験はないでしょうか。肥満は生活習慣病と切り離せない問題。スポーツトレーナーによれば、運動は酒飲みにも効果的ですが、運動する内容やタイミングには注意が必要だといいます。酒ジャーナリストの葉石かおりさんの著書『なぜ酔っ払うと酒がうまいのか』より詳しく解説します。
※本稿は、葉石かおり著『なぜ酔っ払うと酒がうまいのか』(日経BP)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
酒を飲みたいがために運動するのはアリ
お年頃(中年)の酒好きにとって、悩ましいのが飲み過ぎ、食べ過ぎによる肥満である。飲み会が増えると、それに比例して体重も正直に右肩上がりになる。
だが怖いのは、体重だけでなく中性脂肪や血糖値をはじめとする健康診断の数値が悪化することだ。つまり、体重を気にすべきなのは女性だけではなく、男性も、なのだ。
ほとんどのドクターが「肥満は万病の元」と言うように、太るとそれが糖尿病や高血圧などの生活習慣病につながってしまう。それが分かっていても、酒を飲むのはなかなかやめられない。
しかし、一部の酒飲みは、「酒を飲み続けるために、運動する」という覚悟がある。かくいう筆者も、酒を飲みたいがために、せっせとウォーキングやホットヨガをしたり、ごく軽い筋トレをしたりする"酒アスリート"だ。
ただ、一時期より体重を8㎏落としたものの、飲み会が続くと、どうしても太ってしまう。もしや我流の運動だから効果が小さいのだろうか? 何とかしておいしい酒と料理を楽しみながら、体重を維持したいものだ。
そこで、酒飲みにとって効果的な運動法と生活習慣について、自身も酒好きというフィジカルトレーナーの中野ジェームズ修一氏に指南してもらおう。中野氏は、箱根駅伝で毎年のように見事な成績を収める青山学院大学駅伝チームや、数々のオリンピック選手の指導も行っている、日本を代表するトレーナーだ。
最初に聞きたかったのは、「酒を飲むために運動する」という考え方はそもそも正しいのかということだ。どうだろう?
「正解です。お酒は飲むけれど、特に運動はしないという方が多い中、素晴らしい姿勢だと思います。お酒を飲む習慣があると、オーバーカロリーになりやすいので、摂取したカロリーを運動して消費することは理にかなっています」(中野氏)
正解です、と言われて安堵する。厚生労働省の「国民健康・栄養調査」(2023年)によると、運動習慣のある20歳以上の男性は36.2%、女性は28.6%だった(30分以上の運動を週2回以上実施し、1年以上継続している人の割合)。それだけ、日常的に運動している人は多くはないのだが、「酒を飲み続けたい」という不純な(?)動機でも運動することは良いことなのだ。
ウォーキングだけやってもやせない
とはいえ、運動を習慣化させていても、「なかなかやせない」という酒好きも、筆者をはじめ少なくないだろう。いったいどのような運動をするといいのだろうか。特に、有酸素運動と無酸素運動のどちらがベターなのだろう?
「お酒が好きな方にお勧めしたいのは、圧倒的に無酸素運動、つまり筋力トレーニング(筋トレ)です。運動といえばウォーキングしかしていないという方は、積極的に筋トレを運動メニューに加えてみてください。もちろん、有酸素運動も心肺機能が上がるなどの効果が期待でき、健康にいいことは間違いないのですが、お酒をよく飲むという方は筋トレを中心としたメニューがいいでしょう。有酸素運動は、週に1回ほどでも十分。心拍数がある程度上がる負荷でやるといいでしょう」(中野氏)
有酸素運動は週1回でもいいとは目からウロコである。気軽にできることもあり、普段の運動はウォーキングがメインという人も多いはず。中野氏が酒好きに筋トレを勧める理由はこうだ。
「飲酒は、筋肉に大きな影響を及ぼします。理由は2つあります。1つは筋肉の合成に関与する男性ホルモンの一種であるテストステロンの分泌が抑制されること。もう1つは、飲酒によってストレスホルモンと呼ばれるコルチゾールが増加すること。コルチゾールは筋肉を分解する作用があるので、注意が必要です」(中野氏)
酒を飲むだけで筋肉が分解されてしまうなんてショック。いや、ショックを受けていないで、せっせと筋トレをしなくては。そのほかにも、酒飲みならではの問題点もあるという。
「お酒ばかり飲んで食事の栄養バランスが悪くなってしまうのも問題です。食事から得られる栄養が不足すると、筋肉を分解してエネルギー源として使ってしまいます。そうやって筋肉が減ると、その分、代謝も減るので、体重が増えやすくなります。こうしたことを踏まえると、お酒好きの方が太らないようにするためには筋トレのほうが重要なのです」(中野氏)
確かに、酒を飲むときはほとんど食事をとらず、杯ばかり重ねるという酒豪もいる。そんな生活を続けていると、栄養不足になって筋肉が減っていってしまうのだ。
よくいわれているように、筋肉が減ってしまうと、太りやすくやせにくい体質になる。筋肉はエネルギーの消費量が多く、食べたり飲んだりして得たカロリーをたくさん使ってくれるからだ。一方、筋肉が減って筋力が衰えると、体を動かすのがおっくうになり、ますます太ってしまいがちだ。
筋トレをした後に酒を飲むのはNG
ところで、筆者の周囲の酒好きたちは、運動後の1杯を楽しみにしているのだが、それは問題ないのだろうか? 素人の発想では「しっかり筋トレをしたんだから、飲んでも大丈夫」と思ってしまうのだが。
「運動後に飲酒をするのはよくありません。筋トレをすると、筋肉を合成する生理作用が高まります。その際、活躍してくれるのがmTOR(エムトール)という酵素です。mTORによって、たんぱく質を使った筋肉の合成が活性化されます。
しかし残念なことに、お酒はmTORの働きを抑制してしまうのです。筋肉の合成率が3割近く減るというデータもあります。だったら筋トレ前に飲めばいいと思うかもしれませんが、あまり変わりません。そもそも飲酒後に運動するのは危険です」(中野氏)
酒を飲むために筋トレするといっても、筋トレの前後に飲酒するのはダメなのだ。となると、筋トレをする日は飲まないほうがいいということになるのだろうか......。
「その通りです。月曜日は筋トレの日、火曜日はお酒を飲む日といったように、完全に分けたほうが筋肉をつけるためには有効です。お酒はひと仕事終えたときなどに飲みたくなりますよね。筋トレ後もひと仕事終えたような気になるかもしれませんが、筋肉を育て、太りにくい体質になるためにも、1週間の計画を立て、筋トレと飲む日を分けるようにしましょう」(中野氏)
頭では理解できるのだが、酒好きとしては汗を流した筋トレ後に飲む酒で満足感を得たいのだが......。
「お気持ちは分かります。でも、筋トレをして達成感が得られるようになると、お酒を飲んだときと同じように"快楽ホルモン"と呼ばれるドーパミンが分泌されます。筋トレが習慣化すれば、日常的にドーパミンが分泌されやすくなるので、ノンアルコール飲料でも満足できるようになるでしょう。またドーパミンの分泌によって、脂肪が燃えやすくなるといううれしい効果もあります」(中野氏)
筋トレ後に飲みたくなる人は、もしかしたら、ドーパミンが分泌されるほど筋トレができていないのかもしれない。今一度、自分の筋トレ法を見直してみよう。