
親の死をきっかけに、それまで仲のよかった兄弟姉妹が遺産相続を巡って骨肉の争いに発展するケースは珍しくない。年間50件もの相続税申告を取り扱い、相続問題に詳しい中垣健税理士事務所の中垣健所長によると、「相続額の多少に関わらず、"うちは仲がいいから大丈夫"と思っている家庭ほど、実は争いに発展しやすいのが相続の怖いところ」だという。そこで、相続争いが起こりやすい家族に共通する6つの特徴とともに、こうした争いを未然に防ぐための対策も解説する。
「うちは仲が良いから大丈夫」という家族でも危ない
私が税理士資格を取った20年ほど前までは、遺産相続は「親の面倒を見ていた長男が総取り」といったケースも珍しくありませんでした。しかし今は、人々の権利意識が高まり、そういうケースはほぼなくなりました。
実際のところ、どれだけ親の面倒を見たかを金銭的に評価するのは非常に難しいものです。また、親の面倒を見ている間に長男が親のお金を使いこんだのではと、他の兄弟たちが疑心暗鬼になることもあります。遺産相続の際にはそれらが焦点になることが多く、論理的な話し合いではなく感情が先走りしてしまい、それが原因で泥沼の兄弟ゲンカに発展するというケースが少なくありません。
「うちは家族仲が良いから大丈夫」「遺産なんてそんなにないから、争うわけがない」と考えている方も多い。しかし実際には、財産があまり多くない家庭ほど「どう分けるか」で不満が出やすく、トラブルに発展することが多いのです。
では、どのような家庭で遺産相続争いが起こりやすいのか。これまで私が見てきた事例をもとに、「泥沼化しやすい家族の特徴」を6つ挙げてみました。
【1】兄弟姉妹が疎遠なケース
1つ目は兄弟姉妹が疎遠なケース。兄弟仲が悪かったり、長年連絡を取っていなかったりした場合、相続を機に問題が浮上しがちです。現代では核家族化が進み、兄弟姉妹間のコミュニケーションがほとんど取れていないというケースのほうが多いのです。
長男と連絡を取っていなかったために、親が遺した財産について全く情報がなく、これまでに親の財産や権利が勝手に長男に移されていないかとか、親の金を勝手に使っていないかとか、そういった疑惑が弟や妹の中に生まれやすい。
実際、私が関わった事例の中には、長男が数年間にわたり親の財産を数千万円単位で使い込んでいたケースもありました。使い込んでいた本人は「これまでずっと親の面倒を見てきたんだから、これくらいもらって当然でしょ」という態度でした。
たとえ実際に使い込みがなかったとしても、長年離れて暮らしているうちに兄弟姉妹間の価値観は大きく変わってきます。親の世話は長男に任せて自分は何もしなかったにも関わらず、親の遺産を相続するのは自分の権利だからと、多額の金額を自分によこせと言い張る弟さんや妹さんもいます。
私たち税理士が調べた、亡くなった方(被相続人)の貯金の流れや、土地、金融商品などの財産目録を元に、兄弟姉妹の間の話し合いでうまくまとまるケースもありますが、私の目の前で怒鳴り合いになったケースもあります。
遺産相続の申告期限は、被相続人が亡くなったことを知った日から10カ月以内と定められています。そのため、話し合いで解決しない場合、多くは家庭裁判所に調停を申し立てることになります。調停で合意に至らなければ裁判になりますが、ここまで半年から1年がかかり、裁判となればさらに時間がかかります。しかも裁判の判決は、結局は法定相続分に近い形になることがほとんどです。
【2】遺産の一部しか公開しないケース
2つ目は、相続人の一人が他の相続人や税理士に対して、親の遺産の一部だけしか公開しないケースです。例えば、親の複数の銀行口座のうち、一部の口座だけを開示して他の口座を隠す、株式や投資信託などの金融資産があることを伝えない、といったことが挙げられます。
過去の預金の流れは税理士が調べられますが、いわゆる「名義預金」や「名義財産」(名義は被相続人とは別の人だが、実質的には被相続人の財産)を兄弟姉妹に隠しておこうとする方が実際にいます。こういうことをすると、家族間で大きな揉め事につながるだけでなく、相続税の関係で税務署ともトラブルになります。
相続人が遺産の一部を隠したり申告しなかったりした場合、相続税の申告漏れ・過少申告による過少申告加算税(通常10〜15%)や延滞税だけでなく、重加算税(35〜40%)が課される可能性もあります。
【3】"二次相続"でトラブルになるケース
3つ目は、両親のどちらかが先に亡くなり、その配偶者と子供が遺産を「一次相続」して、その後、残った親御さんも亡くなった際の「二次相続」で揉めるケースです。
例えば先にお父様が亡くなった場合は、残ったお母様が家族の"重し"となり、一次相続の際に大きなトラブルは起こりにくい傾向があります。
この場合、夫婦で築いてきた財産なのだから、まずは残された配偶者、この場合ではお母様が多く相続するのが一般的です。分配の割合や「相続税が発生する場合はどうするか」といった話し合いも、相続人たちの間で比較的落ち着いた雰囲気で進むことが多いです。
トラブルが起こりやすいのは、そのお母様が亡くなった時です。「これが最後のチャンス」とばかりに、それぞれの相続人ができるだけ多く相続しようとしてきます。
「自分は母親の介護をずっとしてきたんだから、当然多くもらえるべきだ」と主張する人がいれば、「私はこれまで親から何の支援も受けてこなかった」と反発する人も出てくる。こうして感情的な対立が、お母様という"重し"がいなくなったことで、一気に表面化してしまうわけです。
特にお母様が遺言書を遺していなかった場合は、上のような揉め事が起こりがちです。そのため、私たちが税理士として一次相続で関わらせてもらった場合、残されたお母様に、二次相続ではこれくらいの相続税がかかる、これまで世話になってきたご長男に多く残したければ、遺言書は絶対に必要であることをお話しして、公正証書遺言を作ることをおすすめしています。
【4】再婚・連れ子がいる家庭
4つ目が再婚した夫婦で、前の配偶者と現在の配偶者の両方との間に子供がいたり、現在の配偶者に連れ子がいたりした場合です。
法律上、連れ子に相続権はありませんが、養子縁組していれば法律上も親子関係となり、相続人となります。そうなると、今度は実の子供たちが「なぜ連れ子にも相続させるのか」と反発することがあります。
また、前の配偶者とは離婚してから音信不通で、相続人である子供の居場所が分からないケースもあります。遺産分割協議を行うためには相続人全員が参加する必要があり、相続人を探し出して、遺産分割協議に参加してもらわなければなりません。
音信不通の人を探し出すのは簡単なことではないので、税理士や司法書士などの専門家に依頼して、公的文書を閲覧したり取り寄せたり、探偵への調査依頼をしたほうがいいケースがほとんどです。
また、これは特殊な例かもしれませんが、私が担当したケースで、亡くなった男性の先妻のお子さんと後妻のお子さんがそれぞれ、父親が書いたという自筆の遺言書を出してきたことがありました。これはもう税理士が解決できる問題ではないので、それぞれの弁護士さん同士で話し合ってもらいました。
【5】特定の子供に偏った生前贈与
5つ目が、親が生前に特定の子供を特別扱いして資金援助をしていた場合です。これが他の子供たちの不満のタネとなり、遺産分割の際に問題になることが多い。例えば、長男には結婚式や住宅購入で資金援助をしたのに、次男や三男には何もしなかったというようなケースです。
こうしたケースは「特別受益」といって、相続人の一部が被相続人から生前贈与や遺贈などによって受け取った利益と見なされることがあります。その場合、生前にもらった分を遺産の前渡しと見なし、相続人の間の不公平を避けるために、遺産分割の際に調整する必要があります。
私が担当したケースでは、一番下の娘さんが離婚したのち、ご両親が長年にわたりお金を渡していて、それがかなりの額になっていたことが、親御さんが亡くなったあとに預金の流れを調べて判明したことがあります。この際には、税理士として調べたお金の流れを相続人の方々に提示し、それも含めて話し合うよう伝えました。
【6】遺言書がない家庭
そして最後の6つ目が、遺言書を遺していない場合です。実のところこれは、上に挙げた5つのケースのどれにも当てはまります。
相続争いのほとんどは、遺言書がないために起こります。遺言書があれば、相続人の方々も親の遺志を尊重し、それに納得して遺産分割を進めます。しかし遺言がないと、相続人全員で話し合う「遺産分割協議」をする必要があり、そこで意見が食い違えば争いとなります。
このような状況になったら、あとは法定相続分を基準に話し合うしかありません。それでうまくまとまることもあるし、互いに全く譲らないこともあります。私たち税理士が間に入って話をまとめるよう依頼されても、こういった兄弟ゲンカに巻き込まれたくないので、それ以上の関与をやめたこともあります。税理士の業務の範疇を超えているので、あとは弁護士を雇ってもらうしかありません。
遺産相続争いを未然に防ぐには?
ここまで見てきたように、遺産相続争いの火ダネはあらゆるところにあり、どこから発火するか分かりません。うちは兄弟仲がいいから、自分が死んだら円満に話し合ってくれるだろうというのは幻想です。そういう家族でも、いざとなると相続争いが起こるケースは多いです。
遺産相続における兄弟姉妹間の争いを未然に防ぐために最も有効なのは、親御さんが生きているうちに遺言書を作成しておくことです。もちろん無理やり作らせるわけにはいきませんが、自分の財産の分配について何らかの希望があるのならば、遺言書は作っておくべきです。
遺言書は自筆の場合、書き方の要件を満たしていないと法的に認められない場合もあるので、公証人役場で公正証書遺言を作成して、法的に有効な形で残しておいたほうが確実です。
また、生前贈与や生命保険の受取人を指名しておくという方法もあります。生前に贈与した財産に関しては、その記録を明確に残しておくことで、遺産分割の際に調整がスムーズにできます。
まずは財産状況を把握し、不公平感がなく揉め事が起こらないよう分配するにはどうしたらいいかを家族の間で話し合うことです。特に不動産は分割して相続すると売却や契約に全所有者の同意が必要となるため、相続税評価額や時価査定をした金額をもとに、なるべく公平に分けられるようにする必要があります。
この際、税理士や司法書士、弁護士といった遺産相続の専門家に依頼し、財産目録の作成や相続税のシミュレーションをしてもらうことで、節税と公平性を両立させることができ、法的なトラブルの火種を事前に取り除くことができます。
そうしたうえで、親御さんも含めて兄弟間でじっくりと話し合い、親の希望を伝え、遺言書の内容を決めていくことが、遺産相続をスムーズに進めていくためには重要です。
もう一つよくあるのが、「うちは相続で揉めるほど財産がないから、遺言書を作るほどのこともない」といって何もしないご家族です。しかし実際には、財産が少ない家族でも遺産相続で揉めるケースは多いのです。
例えば不動産の評価額が2000万円で、現金や有価証券、預金の額が1000万円あった場合、遺言書がないと、兄弟間でどのように分けるかで意見が食い違うことがあるのです。数百万円のことで兄弟仲にヒビが入るくらいなら、遺言書をきちんと作っておいたほうが、よほど安心です。
相続争いは財産の多少に関わらず起こりうる身近な問題です。大切なのは「うちは大丈夫」と思い込まず、将来のトラブルを防ぐための備えをすること。家族の絆を守るためにも、専門家の力を借りて、遺言書の作成や財産の整理を進めておくことが、安心につながる第一歩となります。