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生き方

「ほどほど」「いい加減」でいい 気にしない人ほどうまくいく理由

有川真由美(作家/写真家)

2026年06月23日 公開

「ほどほど」「いい加減」でいい 気にしない人ほどうまくいく理由

「周りの人がどう思うか」より「自分がどうしたいか」を大切にする――作家の有川真由美さんは、そんな考え方を持つ人を「気にしない人」と呼んでおり、気にしない人ほど人生を謳歌し、一緒にいて楽しいといいます。本稿では、人付き合いをラクにする考え方やコツを紐解いていきましょう。

※本稿は、有川真由美著『一緒にいると楽しい人、疲れる人』(PHP文庫)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

他人からの評価は受けとめるのではなく、受け流す

気にしない人は、他人の評価に流されません。私は20代のころ、「こんなに一所懸命にがんばって、社内でそこそこ結果を出しているのだから、もう少し評価されてもいいのではないか」と、いつも不満に思っていました。しかし、あるとき、こんな考え方は危険だと思うようになったのです。

人から認められればよろこび、認められなければ落ちこむ......。そんな繰り返しをしていたら、つねに不安と不満がつきまとい、心はどんどん病んでいきます。自分のやりたいことからも、どんどん遠ざかっていきます。

「これからは、どう評価されてもいい。やりたいこと、やっていることを楽しもう」そう決めてから、面白いほど仕事も人間関係もうまくいくようになり、評価されるようになりました。やりたいことを夢中でやっていれば自然に力もわいてくるし、成長もできます。そして、だれからなにを言われたわけでもなかったのに、自分を苦しめていたのは自分であったことに気づいたのです。

他人の評価というものは、他人が勝手に判断することであって、自分の期待通りにはいきません。たとえば、自分では「よくがんばった」と満足していても、まわりからまったく評価されないこともあれば、逆に、意外なことで高評価を得ることもあるでしょう。ほめられても、偉くなったように思うこともないし、批判されて、がっかりすることもありません。人の評価は、いちいち受けとめるのではなく、受け流してしまいましょう。

とはいえ、「人の評価を気にしない」ということはなかなかむずかしいものです。生きている以上、なにかしら評価はついてまわり、大事なことを気づかせてくれるのも事実です。が、優先するべきは「自分の道を進むこと」なのです。他人の評価が道しるべになってしまうと、本来の道がわからなくなって、迷ったり、挫折したりしかねません。

評価はあとからついてくるもの。そこから得られるものがあれば、自分の気づきや成長のために取りこんでいけばいいし、そうでなければ、「他人はそう思うのか」と受け流せばいいのです。本当に気にするべきは、他人の目ではなく、自分のやりたいことを、じゅうぶんにやっていないことです。

自分を満足させる生き方をしていれば、まわりの人にも、自然とやさしくなれるし、一緒にいて楽しいと思ってくれる人が集まってきます。遠回りであっても人の評価はついてくると、私はつくづく実感しているのです。

 

「ほどほど」「いい加減」が楽しさを生む

気にしない人は、「いい加減」な人でもあります。ずいぶん昔、「5時から男」というCMが流行ったことがありました。仕事中はやる気がないのに、終業時間の5時になるとがぜん元気になって、生き生きと遊ぶサラリーマンは、まさにいい加減を売りにしたそのタレントのキャラクターにぴったりで、魅力的に見えたものです。こうした力の抜けた男性は、年齢問わず、愛嬌やユーモアがあって、憎めないものです。

女性でも仕事や家庭だけでなく、適度に遊んでいたり、趣味に熱中していたりする人とつき合うのは楽しいものです。「いい加減」というとよくない意味に聞こえますが、仕事も遊びも「良い加減」で気を抜いているから、ユーモアがあったり、話題が豊富だったり、相手の話を聞く余裕があったりします。

とくに育児や介護など、たいへんな状態にいる人こそ、いい加減にやらなきゃ身がもたない。「いい加減」の大切さをわかっていれば、笑顔で余裕をもって続けられるのです。私たちは、仕事や家庭において、つねに真面目で、ベストを尽くすことを求められているように感じるものですが、真面目すぎては自分を追いこんでしまいます。

生真面目すぎて、心が病んでしまった。ほかの大事なことが見えなくなった。つまらない毎日のような気がする......。そんな人はいませんか?

私たちの人生は、私たちに真面目に生きることよりも、楽しく幸せに生きることを求めているのではないでしょうか。自分に対しては、60点ぐらいでよしとしませんか?

「いい加減な人」というのは、ものごとを複雑にせず、シンプルに、楽観的に考えている人でもあります。小さなことに惑わされず、本質を知っている人でもあります。だから、仕事でも、「簡単、簡単」と人のやりたがらないことをやったり、「なんとかできるでしょう」と大胆な提案をしたり。結果的に、ほどほどいい加減にやっている人のほうが、仕事も人間関係も続いていくものです。

仕事や家庭以外に自分のコミュニティをもつことも大切です。そんな場所ができれば、自分がいかに狭い世界で悩んでいたかがわかり、意外にあっさりと割り切ることもできます。自分の居場所がそこだけに感じられるから、狭い人間関係にこだわってしまうのです。

悩みそうになったら、「ほどほどに」が合い言葉。ほんとうに大切なこと以外は良い加減であることを心がけると、まわりの人もほっとします。息を抜きながら、生き抜いていきましょう。

 

人への気遣いも、ほどほどでいい

人の家を訪問して「居心地がいい」「またここに来たい」と思うのは、たいてい、お客に対してあまり気を使わない家です。

以前、1週間ほどホームステイした家は、リビングに子ども服が脱ぎ散らかしてあるし、掃除も適当。私は、いつもどおりの家族の夕食に参加して、お腹が空いたら、勝手にお茶をいれて、勝手に冷蔵庫にあるものを食べる......。そんな放置され加減がちょうどよく、家族みんなと仲良くなって、「もうしばらくいたい」と思ったほどでした。

反対に、あれこれ気を使ってもてなしてくれる家は、たいへん有り難いものの、少々気疲れします。「準備がたいへんだったかも......」と心苦しくなってしまいます。

同僚や友人でも、心地よく、長くつき合えるのは、お互いに気を使わないで会えたり、ざっくばらんに話せたりできる人たちです。そして、彼らのほとんどは、先天的に「気を使わない人」ではなく、相手に気を使わせないために、意図的に気を使いすぎないようにしている人だとも感じます。

「自分は気を使われているな」と感じさせると、相手側にも気を使わせてしまう。もちろん、自分でも疲れてしまう。だから、「気を使いすぎないこと」はとても重要で、お互いにとってリラックスできて、いい距離感になれると知っているのです。

しかし、「気を使ってヘトヘト」「人づき合いが面倒」という人もいるのでは?

気疲れの要因になっているのは、「相手をよろこばせたい」「相手に不安や恐れを感じている」などいろいろあるでしょうが、ほとんどは「自分がよく思われたい」「自分が〜だと思われたくない」という、自分を守ろうとする心のクセ。つまり、自分らしくないことを自分で要求して疲れたり苦しかったりする......という一人相撲をしているようなものです。

気を使いすぎてしんどいと感じるときは、「ストップ!疲れるほど気を使わなくてもいいでしょう」とブレーキをかけるサイン。接し方や、人間関係を見直すときです。「自分のままで大丈夫」と開き直ってみましょう。

自分らしく振る舞えるようになると、人間関係はいい方向へ流れていきます。「どうして、いままであんなに気を使っていたのだろう」と思うはずです。もし、肩の力が抜けないなら、距離をとってつき合うべき相手かもしれません。とにかく、自分が楽であることがいちばん。笑顔で楽しくつき合える関係を目指しましょう。

プロフィール

有川真由美(ありかわ・まゆみ)

作家/写真家

鹿児島県始良市出身。台湾国立高雄第一科技大学応用日本語学科修士課程修了。化粧品会社事務、塾講師、衣料品店店長、着物着付け講師、ブライダルコーディネーター、フリー情報誌編集者など、多くの職業経験を生かして、働く女性へのアドバイスをまとめた書籍を刊行。著書は「いつも機嫌がいい人の小さな習慣」(毎日新聞出版)、「感情の整理ができる女は、うまくいく」「50歳から花開く人、50歳で止まる人」(PHP研究所)など多数。

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