音楽家の青葉市子さんは、中学・高校時代に教室にいけない時期があったのだそう。保健室や図書室に通っていた当時に直面した出来事や出会った人が、その後の考え方や表現に大きな影響を与えたのだといいます。
そんな青葉さんは、5月に初めてのエッセイ集『星沙たち、』(講談社)を上梓しました。その刊行に際してインタビューにうかがい、子ども時代に感じていたこと、そこで育まれたまなざしについて、お話を聞かせてもらいました。
教室に行けなくなった中学・高校時代
――青葉さんは、中学や高校の頃につらい時期があったと、書籍や過去のインタビューの中でおっしゃっていました。その当時、どのような気持ちを抱えていらっしゃったのか、言葉に出来る範囲で教えていただけますか?
【青葉】中学2年生ぐらいのときから、教室にいるのがもじもじして、なんだか変な感じがしていました。でも、まあ、ちゃんと授業には出ていました。
だけど、先生の言葉のあやで、「あなたクラス全員に嫌われてるわよ」って言われたことがあったんですよ。たぶん先生も悪気がなかったと思う。今思えば、ちょっと茶化すくらいだったのかも。
でも、当時14歳の心にはその大人からの言葉は、すごく刺激が強くて理解しきれない言葉だったから。それがきっかけで、教室に行けなくなっちゃったんですよね。
怖くなっちゃって。どうせ嫌われているところに何で行かなくちゃいけないんだろうって。そこから図書室とか保健室を、うろうろ、うろうろしていて。
そうやっていると、だんだんみんなも怖がるというか、この子なんだろうって見られるようになってしまって。高校2年生ぐらいまで、通学はしているんですけど、教室には行かなかったりっていう数年間を過ごしていました。
いじめと言ったら、ちょっと刺激が強いですけど、そういうこともありました。
朝、登校したら自分の机の上にゴミが山のように乗せられていて、隣の子たちがグループになってクスクスって笑ってるんですよね。当時は本当に辛かったし、死にたいって言ったこともありました。結局そのゴミもその子に向かって投げたか、ひっくり返したんですけどね。
同じように保健室に登校してる子も結構いたんです。中高一貫だったので、いろんな学年の子がいて。その子たちと交流したり、話したりしたことが、私にとって大きな糧になっていて。
枠に収まらないことの何が良くないんだろう?ってことを14歳ぐらいの時から感じました。人間がつくるルールだったり、学校、教室、授業、先生、生徒とか、親と子どもとか...そういうなんとなく作られていく枠組みの中で、どういうところが個人にとって壁や苦しい線に感じてしまうんだろう、みたいなことを考える大きなきっかけでした。
いろんな人がいました。自分の体を自分で傷つけて血が出ちゃう子もいたし、ストレスでバーって血を吐いちゃった子、助かりましたけど、屋上に上履きを置いて飛び降りちゃった子もいました。結構とんでもない学校だったので。
そういうのに最前線で立ち向かうのは学校だと保健室じゃないですか。保健室に通っていると、そういう子たちを見ました。何がここまでさせるのかなってたくさん考えた学生時代でした。
その人の背景や社会構造を考えてみる
――10代という大切な時期に、大変なご経験をされていらっしゃったのですね。"枠組み"について疑問を抱くのも、多くの子と比べて少し早かったのではないかと思います。
【青葉】どうなんでしょうね。でも、自分が信じたものを信じきることの何がよくないの、って思っています。それは誰にも触れないものだし、守っていいものだと思うので。
その思いを伝えよう伝えようとはしていないですけれど、自分の創作を通して、そのかけらが誰かの悩みと結びついて、こっちだよって助けられるものになったら幸せなことだなと。
――不思議ですが、エッセイを読んで、自分が自分を信じてあげるべきだとまさに強く感じたんです。綴られた言葉の節々に、青葉さんのそんな思いが詰まっているのかもしれません。
【青葉】本当に簡単な言葉ですけれど、みんなの幸せを心からいつも願っています。
――お話が戻るのですが、先ほどの中学・高校時代の経験は、青葉さんの表現や生き方そのものに何か影響していますか?
【青葉】気持ちには、本当に数えきれないほどの色があり、人間も本当にたくさんの人、たくさんの考え方がある...というのを基盤として、基軸として、生活しています。
完璧にできているとは思わないですけど、この人変だなって最初に思ったとしても、今日何かあったのかなとか、もしかしたら子どもの頃のこういう経験が、今日こういう発言にさせたのかなとか、そういう背景を考えられるようになっていると思います。
例えば、何か罪を犯してしまう人も、生まれた瞬間は誰かの子どもで、少なからず、何かが結びついて迎え入れられた命だったんだよなって思うと、その背景やそうさせた社会構造について深く考えることもあります。
その人一人だけが悪いってことはあんまりないと思っていて、その人を構築していった環境とか、構造とか、そういうものに目を向けることが、大切なんじゃないかなって気持ちですね。
光と闇ではなくて、その間の淡い色の部分が大事だと思っています。
(取材・編集:PHPオンライン編集部 片平奈々子)
【青葉市子(あおば・いちこ)】
1990年生まれ。音楽家。自主レーベル〈hermine〉代表。
2010年のデビュー以来、8枚のオリジナル・アルバムをリリース。クラシックギターを中心とした繊細なサウンドと、夢幻的な歌声、詩的な世界観で国内外から高い評価を受けている。2021年から本格的に海外公演を開始し、数々の国際音楽フェスティバルにも出演。音楽活動を通じて森林・海洋保全を支援するプロジェクトにも参加している。2025年1月にはデビュー15周年を迎え、約4年ぶりとなる新作『LuminescentCreatures』を2月にリリース。同月下旬からキャリア最大規模となるワールドツアー〈LuminescentCreaturesWorldTour〉を開催し、アジア、ヨーロッパ、北米、南米、オセアニアで計50公演以上を予定。
2023年5月号より『群像』でのエッセイ連載を開始、本書が初の単行本となる。FM京都〈FLAGRADIO〉では奇数月水曜日のDJを務めるほか、TVナレーション、CM・映画音楽制作、芸術祭でのパフォーマンスなど、多方面で活動している。






