東京の書店街・神保町の交差点に建つ岩波神保町ビル。同ビルには映画館があり、ミニシアターの先駆けとしてよく知られた存在だった。1968年から54年もの間、世界の名画を上映し続けてきたが、コロナ禍の影響を受けて2022年に閉館。2026年秋以降に建物の取り壊しが決まっている。
この映画館を舞台として、2026年7月17日(金)からストーリー体験型ミステリーツアー『あの夏のさよなら』が開催されている。再演不可、10日間のみの限定上演とのこと。さっそく訪れてみた。
(取材・文:PHPオンライン編集部/次重浩子)
「体験」するストーリー
昭和の雰囲気をそのままに残したロビー・ホワイエを通り、参加者たちは映画館の客席へ。この作品は、ただ映画を観るだけではない。映像に加え、冊子に書かれた約3万字の小説、スマートフォンのブラウザに流れる言葉、イヤホンから聞こえてくる音楽、声、そして役者さんが現場で実演する演技を鑑賞しつつ、館内を回遊しながら、参加者がストーリーを「体験」していくのだ。
この物語の主要人物は、大学の映画サークルに所属する「ハルオミ」「ミフユ」「ナツ」の3人。姿を現したハルオミとミフユがこっちに語りかけてくる。そうか、私は「ナツ」なんだ!
この3人はどんな関係なのか。このあとどのような展開があるのか。参加者たちは主人公の「ナツ」として世界に入り込んでいく。
主人公としての感情に襲われる
さらに、ここで起きた殺人事件のあらましが語られる。
4年前のこの場所で、映画館の館長が殺害された。未解決のまま時が過ぎ、「ナツ」は事件の真相に迫っていくのである。
参加者たちは、各々のペースで冊子や音声ガイド、ブラウザに表示される物語をたどっていき、進行にしたがって、ホワイエ、客席、舞台裏の階段、集会室や会議室などへと移動する。その途中、登場人物に扮した役者さんと直に触れたり、会話したりするイベントが発生。参加者の選択により、異なる分岐が用意されており、提示されたヒントを元に事件を解明、「あの夏」の記憶を辿っていく。
途中、香りを取り入れた演出もあり、目と耳、触覚と嗅覚、さまざまな感覚が刺激される。
物語の舞台に実際に身を置き、登場人物と直に接しているがゆえの緊張感と没入感。「ナツ」としての感情に襲われ、切なさが押し寄せてくる。
トータルで90分ほど。シナリオを手がけているのは作家の安藤美冬さんだ。
ネタバレになるので詳細を語ることができないが、大人になってしばらく経つ私が、こんなに胸がぎゅっとなる体験をすることになるとは思わなかった。
ただの謎解きでもない。ストーリーを追うだけの鑑賞でもない。主人公に感情移入して物語の世界にのめり込む、純粋な気持ちを思い出させてくれる時間だった。身体の感覚と頭と心がゆさぶられ、しばらくドキドキが消えない。取り壊される運命が待っている映画館への名残惜しさもあいまって、その場を立ち去り難い気持ちになった。







