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生き方

「おれの足がこわれる」車いすテニス小田凱人選手が9歳で患った左足の悪性腫瘍

小田凱人(車いすテニス選手)

2025年03月07日 公開

「おれの足がこわれる」車いすテニス小田凱人選手が9歳で患った左足の悪性腫瘍

15歳でのプロ宣言からわずか2年で車いすテニスの四大大会で優勝。パリ・パラリンピックでも金メダルを獲得し、世界ランキング1位の座に輝いた車いすテニス界のニューヒーロー、小田凱人(おだ・ときと)選手。9歳の時に左股関節に骨肉腫を発症し、つらい治療を経験しました。書籍『夢を持つ、夢中になる、あとは かなえるだけ 車いすテニス小田凱人より当時のエピソードを紹介します。

※本稿は、小田凱人監修,秋山英宏著『夢を持つ、夢中になる、あとは かなえるだけ 車いすテニス小田凱人(Gakken)を一部抜粋・編集したものです。

 

消えない左足のいたみ

凱人は、サッカー選手を目指して毎日、ボールを追いかけていました。ある日のこと、サッカーの練習中に、凱人は左足にいたみを感じました。小学校2年生がまもなく終わろうという、3月ごろのことでした。

(筋肉痛かな?)

最初は、凱人も両親も、練習のつかれがたまったか、せいぜい筋肉をいためたかくらいで、すぐに治るものと考えていました。

ところが、いたみはなかなか消えてくれません。ぎゃくに、いたみを感じる回数が少しずつふえ、ズキズキするようないたさが、はげしくなっているように思えました。

その年の6月、凱人は初めて近くの整形外科のクリニックでしん察を受けました。レントゲン写真を見たお医者さんは、こういいました。

「大きい病院に行って、みてもらってください。」

次に行った総合病院でも、同じことをいわれ、せつびの整った名古屋大学医学部附属病院(名大病院)でみてもらうことを、すすめられました。

(筋肉をいためただけではなさそうだ。もっと重い病気なのかもしれない。)

凱人は不安になりました。両親も、凱人が心配でなりません。最初に行ったクリニックで、レントゲン写真を見たとたん、お医者さんが、おどろいたような表情になったことも頭に残っていました。総合病院の先生が書いてくれた、名大病院へのしょうかいじょうには、こんなあて名が書いてありました。

<大学病院整形外科腫瘍班>

お母さんは、いてもたってもいられなくなり、インターネットで病気について調べました。「腫瘍」の文字を入れてけんさくすると、目に飛びこんできたのは、「骨肉腫」という病名でした。

(もしかしたら凱人は......。)

悪い予感がしてきました。そうして心のじゅんびをしたうえで、凱人といっしょに名大病院に向かいました。

(重い病気ではないといいけれど。)

そう願っていたお母さんでしたが、お医者さんから病名を聞かされると、目の前が真っ暗になるように感じました。

 

「早くサッカーがしたい」

凱人の病気は「左股関節の骨肉腫」、どう体と足をつなぐ関節の骨に発生する悪性腫瘍、つまり、「がん」の一種です。すぐに入院して治りょうを始めることになりました。

まず、腫瘍をできるだけ小さくするために抗がん剤治りょうをおこない、それから手術を受けます。手術のあとは、けいかをみながら、もう一度、抗がん剤治りょうをおこないます。

抗がん剤治りょうのために、凱人は名大病院から名古屋医療センターに転院しました。

ここでの治りょうは、たいへんつらいものでした。薬を体に入れると、はき気におそわれ、それが数日続きます。治りょうには、かみの毛がぬけるなどの副作用もあります。この治りょうが1~2週間おきにおこなわれました。

(早く病気を治して、サッカーがしたい。)

サッカーへの思いが、凱人の心のささえでした。お医者さんから病名を聞かされ、心配する家族のすがたを見て、たいへんな病気であることはわかりました。それでも、お医者さんから、「サッカーはもうできません」という言葉は聞かされていません。

(早く治らないかな。)

凱人は、手術をして、きちんと治せば、またサッカーができるものと思っていました。病気への不安を持ちながらも、もとの体にもどると信じていたのです。

 

12時間におよぶ大手術

入院から3か月がたち、9月になりました。抗がん剤治りょうの効果で、腫瘍は小さくなり、いよいよ手術をすることになりました。手術は、腫瘍のできた骨を取りのぞき、そこに人工関節を入れるものです。

明日が手術という日、お医者さんから手術について説明がありました。お医者さんは凱人の体にマーカーでしるしを入れました。この部分にメスが入るというのです。しるしは、おなかのほうまでのびていました。凱人はおどろいて、こうたずねました。

「え? おなかまで切るんですか。」

股関節にできた腫瘍でしたが、手術では左わきばらから、太ももあたりまで切るというのです。おなかのほうまで切るのは、腫瘍を取ったあとのきずついた筋肉を、おなかの筋肉で補強するためです。

がんばって治りょうを受け、早く治すんだ、とかくごを決めた凱人でしたが、さすがに手術がこわくなってしまいました。手術の前の日は、ベッドに入っても、横になっているだけで、ほとんどねむることはできませんでした。

手術は朝に始まり、夜までかかりました。12時間におよぶ大手術でしたが、無事に成功しました。ただ、手術のあとを見た凱人は、あらためて、自分の体にできたきずの大きさにおどろかされました。入院中のベッドで。

(こんなに、たいへんな手術だったのか!)

手術は終わっているのに、凱人は、なんだかまた、こわくなってしまいました。

体には、いたみがありました。サッカーできたえていたとはいえ、9歳の小さな体に、手術は大きな負担でした。お医者さんは点てきでいたみ止めを入れてくれましたが、一定の量より多く入れることはできません。ですから、凱人はいたみにたえるしかなかったのです。

高い熱も出て、気分はすぐれません。ベッドに入って、いたみをがまんしていると、いつの間にか、なみだがあふれてきました。

 

サッカーしたら、おれの足がこわれる

手術は成功して、治りょうは次の段階に進みました。凱人は、抗がん剤治りょうをしながら、日常生活にもどるためのリハビリをおこなうことになりました。

ただ、本格的にリハビリを始めるまでが、たいへんでした。

ベッドの上で上半身を起こし、体の向きを変えて、ベッドの横に足を出して、すわる――それだけの動きができるようになるまでに、何日も何日も、かかりました。

(めちゃめちゃ、いたい。足が曲がらない。)

のばした足を曲げようとすると、するどいいたみが走りました。左足の付け根のあたりがつっぱったじょうたいになっていて、ひざを曲げることができません。とはいっても、いたいからといって何もしなければ、いつまでたっても、足の曲げのばしができません。

(自分で曲げていくしかないんだな。)

担当する先生の指導を受けながら、凱人は、足の曲げのばしから、リハビリをスタートさせました。

そのあと、歩行器や松葉づえを使って歩く練習もしました。単調なリハビリが続きます。動きによってはいたみを感じるので、ついつい、動きをおさえてしまうこともありました。お母さんは、そんな凱人のようすを見み て、(あまりリハビリをやる気がないのかな?)と心配になりました。

このころ、思うように体を動かせない凱人に、ある考えがうかんできました。

(もう、サッカーはむずかしいかもしれない。)

もう一度、みんなとサッカーをすることを目標に、つらい治りょうにも、たえました。元気になれば、またボールをけることができる。それをはげみに、入院生活をおくってきたのです。でも、今の体のじょうたいでは......。

心配な気持ちをかかえたままでは、一所けん命にリハビリに取り組むのはむずかしいでしょう。凱人が何もいわなくても、お母さんには、凱人がどんなことを考えているか、わかりました。表情やリハビリに取り組むすがたから、心の中が見えたのです。

(手術の前のようには、走ったり、ボールをけったりできないんだ。)

凱人は、じょじょに、このことがわかってきました。そして、心に決めました。

(お母さんにも、自分が思っていることをはっきり伝えなくてはいけないな。)

病室でいっしょにサッカーの試合を見ているときのことです。凱人の口から、こんな言葉が出てきました。

「おれ、サッカーは、もう無理だな。サッカーしたら、おれの足がこわれる。大事な足、手術をしてもらった足が......。」

凱人の話を聞いたお母さんは、どんな気持ちでそういったのか、たしかめようとしました。

「凱人はそれでいいの? またサッカーやりたい、って、ほんとうはそう思っていないの?」

いいかげんな気持ちで、サッカーをあきらめるなどというはずがありません。お母さんも、それはよくわかっています。ただ、ほんとうはすごくやりたいのに、気持ちをかくして「無理だな」といっているのかもしれません。お母さんは、凱人のほんとうの気持ちが聞きたかったのです。

凱人は、こう答えました。

「おれが、思ってもいないこと、いうわけないじゃん。」

お母さんには、凱人が、ひとりで深く考え、なやみ、そのうえで決心したことがよくわかりました。

凱人の目に、なみだはありませんでした。だれかをうらんだり、ふさぎこんだり、ということもありませんでした。ありのままに、つらい現実を受け入れたのです。すぐに受け入れるのはむずかしいとしても、少しずつ、時間をかけて......。

 

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