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新潮ドキュメント賞に『鶏まみれ』 食鳥処理場で見つめた「生き物が食べ物になる」現場

Moguru編集部

2026年10月15日 公開

新潮ドキュメント賞に『鶏まみれ』 食鳥処理場で見つめた「生き物が食べ物になる」現場

2026年10月9日、第25回新潮ドキュメント賞の贈呈式が行われました。受賞作は、繁延あづささんの『鶏まみれ』(亜紀書房)です。

本書は、繁延さんが夫と始めた採卵養鶏と、食鳥処理場で働いた約4年間を記録したノンフィクションです。生き物が食べ物へと変わる現場で出会った鶏や働く人々を通して、「殺して食べる」とはどういうことかを問いかけます。

 

「小さくて大きな作品」

『鶏まみれ』(亜紀書房)

選考委員を代表して登壇したブレイディみかこさんは、『鶏まみれ』が選考委員全員の支持を集め、選考は早い段階で決着したと明かしました。

ブレイディさんが特に心を動かされたのは、「ニワトリの内臓はなぜ美しい」の章です。繁延さんは、自宅の台所で鶏の内臓の色や形を一つずつ見つめ、なぜこれほど美しいのかと「神に問うように」心の中で叫びます。

ブレイディさんは、日々の暮らしや労働といった身近な場所からも、大きな思想は立ち上がると指摘しました。食鳥処理場で働くなかで、仕事の意味や、現場で働く人々が十分に評価されていない状況にまで思考を広げていく点に、本書の力があると語ります。

さらに本書は、生き物を育て、殺して食べることの厳しさと、その命によって家族の生活が支えられている事実を、切り離さずに描いています。ブレイディさんは、そこに人間が生きることの両義性を見いだしたと語ります。

また、既存のメディアに発表の場を持つ書き手だけでなく、さまざまな生活や労働の現場から声が上がることの重要性にも言及。身近な現場から大きな問いを立ち上げた本書を、「小さくて大きな作品」と評しました。

 

繁延あづささん「涙が止まらなかった」

(左から)小林秀雄賞を受賞した藤原辰史さん、繁延あづささん
(左から)小林秀雄賞を受賞した藤原辰史さん、繁延あづささん

受賞スピーチに立った繁延さんは、食鳥処理場で働くときの服装で贈呈式へ出席することも考えたそうです。しかし、娘や処理場で働く人たちから止められ、当日は黒いワンピースを選んだといいます。

食鳥処理場が社会の「黒子」のように人目につかない存在であることから、黒を選んだと説明した繁延さん。「この明るい場所に自分が一人で立つことには、ためらいがありました」と、率直な思いを明かしました。

スピーチでは、ブレイディさんの選評についても振り返りました。

ブレイディさんは、"「身体性を取り戻せ」という流行りのキーワードの「身体性」とは、正味、殺すことであり、食べることであり、生むことであり、死ぬことである"と選評に記しています。

繁延さんは、生き物を育て、殺して食べることを日々の仕事としながらも、それを人に話すことには後ろめたさがあったと告白しました。だからこそ、殺すことを、食べることや生むこと、死ぬことと並べたブレイディさんの言葉に、「救われる思いがした」と語りました。

さらに、「この小さくて大きな作品を推そうと、最初から決めていた」という選評の結びを読み、「涙が止まらなかった」と振り返りました。

繁延さんは、執筆にあたって、見た光景やそのとき感じたことを「わかるところまで書いて、わからないところはそのままに」残したいと考えていました。わからないことを残せば、その先を、読者が引き続き考えられるかもしれない。その思いが、繁延さんの記録する姿勢を支えていたといいます。

一方で、本を世に出せば、どのような反応が返ってくるのかは予測できません。驚かれるのか、無視されるのか、あるいは批判されるのか。繁延さんは、それでも「この本を出すことで起きる、反応を見たかった」と語りました。

「応答をもらいたかったのです。それが、思ってもみなかった応答をいただきました。それが、この賞です」

繁延さんは、選考委員や本に関わった人々への感謝を伝え、受賞スピーチを締めくくりました。

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