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「子どもの学力は6割が遺伝で決まる」は本当? 英国の大規模研究で見えた事実

飯田一史(出版ジャーナリスト)

2026年11月06日 公開

「子どもの学力は6割が遺伝で決まる」は本当? 英国の大規模研究で見えた事実

OECD(経済協力開発機構)が世界各国の15歳を対象に実施する国際学力調査「PISA」では、読解力や数学的リテラシー、科学的リテラシーなどを測定しています。日本は2022年の調査で読解力がOECD加盟国中2位となるなど、世界トップクラスの成績を収めました。

しかし、同じ国の子どもたちの間でも、学力には個人差があります。こうした差は、いったい何によって生まれるのでしょうか。生まれ持った素質によるものなのか、それとも家庭環境や教育によるものなのでしょうか。

この疑問を解き明かす手がかりとなるのが、英国などで行われてきた大規模な双生児研究です。書籍『「若者の読解力低下」というウソ』より紹介します。

※本稿は、飯田一史著『「若者の読解力低下」というウソ』(集英社インターナショナル)より内容を一部抜粋・編集したものです

 

遺伝は影響するが、絶対的なものではない

学力を左右する最大要因は、遺伝である。

PISAの対象年齢である15歳から16歳前後の学業成績、およびそれ以前の学齢期に関する各国の大規模研究では、遺伝的な要因が個人の差のおもな説明要因だと報告されている。

どういうことか。

説明していきたいのだが、遺伝の話は専門的でややこしい。ここでは正確さよりもわかりやすさを重視して「意訳」しながら書いていくが、それでもよくわからないところは読み飛ばしてもらってかまわない。

遺伝に関する大規模な研究の代表例のひとつに、英国のTwins Early Development Study(TEDS)がある。TEDSは1万人以上の双生児ペアを対象とした長期縦断研究だ。長期縦断研究とは、同じひとたちを、長い期間かけて何度も調べて時間とともに、どう変わるかを追跡したものである。

行動遺伝学における双生児法は、遺伝的に100%同じである一卵性双生児と、平均して50%の遺伝子を共有する二卵性双生児を比べる。これによって表現型の分散を遺伝(A)、共有環境(C)、非共有環境(E)に分解する手法である。

「表現型の分散」とは、身長などの生物の「形質」(特徴)の個体間のバラつきを「分散」という統計量で表したものだ。

すでに「わけがわからん」というひともいると思うが、具体例で説明したい。

たとえば植物の背の高さは、何によって決まるのか。種子ごとの「遺伝の差」と「土壌・光の影響」(環境要因)によって変わる。これは納得してもらえると思う。

植物と同じで、人間の「生まれ」と「育ち」の関係も、「遺伝」と「環境要因」に分けられる。そして環境要因のほうは、双子で共有している家庭環境などの「共有環境」と、双子で共有していないそれぞれの経験から受けた影響である「非共有環境」に分けられる。

だから遺伝の研究では、「遺伝」「共有環境」「非共有環境」に分けて影響を測定(推定)していく。

なお、遺伝に関するよくある誤解として「高IQの両親からは必ず高IQの子どもが生まれる」「親がスポーツ選手だと子どもも運動が得意」というものがある。実際には、高IQの両親でも子どもが低IQになることがあるし、その逆もある。

なぜそんなことが起きるのか。

遺伝は確率的なものだからだ。IQ(知能指数)に関わる遺伝子はひとつだけではない。複数の遺伝子が組み合わさって決まる。仮にIQに関わる遺伝子が100個あるとしよう。

ある父親は、100個中90個のIQを高くする遺伝子を持っている。同様に、ある母親も90個持っている。だとしても、子どもは両親からランダムに遺伝子を受け継ぐ。だから子どもAは父親から90個、母親から90個を受け継いで高IQになるかもしれないが、子どもBは父親から50個、母親から50個を受け継いで中程度のIQになるかもしれず、子どもCは父親から40個、母親から30個を受け継いで低IQになるかもしれない。

金持ちの家に生まれるか貧しい家に生まれるかの偶然性、子どもが選べないことはしばしば「親ガチャ」と形容されるが、遺伝はまさにガチャみたいなものだ。学力や運動能力などのスペックが高い遺伝子の組み合わせに当たる確率が高い精子と卵子だったとしても、当たらない可能性もつねにあるのだから。

親からランダムに遺伝子が受け継がれるときに、IQに関わる複数の遺伝子の組み合わせは、親とは同じ配置にはならない―こうした遺伝的なバラつきゆえに、高IQの両親でも低IQの子どもが生まれることがあるし、その逆も起こりうる。

遺伝は影響するが、絶対的なものではない。親から何を受け継ぐのかのしくみ自体にランダムさがある。生まれてからの環境や経験によって、持って生まれた能力がどのくらい現れるかも変わる。

 

家庭環境・学校環境の影響とは

というところで話を戻すが、英国の双生児研究TEDSでは、英国の義務教育修了試験(GCSE)の成績について分析している。

16歳時点でのGCSEの英語、数学、理科の成績における遺伝率は58〜62%と推定されている。持って生まれた遺伝的な能力で成績の6割くらいは説明がつくのである。

なお、いわゆる知能(一般知能)だけでなく、自己効力感、パーソナリティ、行動上の問題、健康状態などの「知能以外」の要素、たとえば「非認知能力」についても遺伝の影響がある。

IQのテストで測定されるようなものが「認知能力」、目標に向かってやり抜く力(いわゆるグリット)や自分をコントロールする力、協調性、コミュニケーション能力、モチベーション、自己肯定感などが「非認知能力」だ。

しばしば教育業界では「認知能力以上に、非認知能力を伸ばすことが重要だ」などと言われる。だが、非認知能力も遺伝によって伸びしろ、特性がひとそれぞれ生まれつき決まっている部分がある。

GCSEの成績に影響する遺伝的要因のうち、約半分(51%)は知能に関係するもので、約4割(37%)は自己効力感に関係するものだった(※1)。

個人差をもたらす遺伝的要因のうち、説明できる割合のことを「寄与率」という。「寄与率」とは、全体の結果のうち、その要因がどのくらい影響しているかを数字で表したものだ。

家庭環境や学校環境などの共有環境がGCSEの成績に与える影響は、成績に影響を与える要因全体の約26%にとどまる。ざっくり言えば遺伝が60%、共有環境が25%だから、非共有環境はその残りの15%くらいしか成績に関係しない。

非共有環境とは、友人関係や教師との関わり方、病気、偶然の出来事、本人の選択による行動など、同じ家族に育つ兄弟姉妹でも共有しない個々人に固有の経験・体験からの影響である。

多くのひとは、主観的に自分の人生をふりかえったときに「あのかけがえのない経験、あの環境だったからこそ、自分は勉強にめざめ、成績全般が向上した(あるいは、その逆)」などと思いがちだ。そういうものは、実際には成績へのインパクトは相対的に低い。

また、GCSEの主要科目である英語、数学、理科の成績のあいだには、それぞれ高い相関がある。かつ、それらの相関も、おもに遺伝的要因によって説明される。ある科目の成績を高める遺伝子がほかの科目の成績も高めるという考えは「ジェネラリスト・ジーン(汎用遺伝子)仮説」と呼ばれている。

そう聞くと「でも私は文系科目は得意だったのに、数学はまるでできなかったけど」などと疑問を抱くひとも少なくないだろう。

こういう科目ごとの成績のバラつきは、どのように説明されているのか。TEDSの数学と読解の下位
15%を対象とした研究では、両者の「共有環境の相関」は0.96と非常に高いのに対し、「非共有環境の相関」は0.08と低かった(※2)。

これはどういう意味だろうか。

ようするに、遺伝子や家庭環境(をはじめとする共有環境)は、教科全般をまとめて押し上げる方向に作用する。知能を高める遺伝子を多く持っていたり、家が裕福で幼少期から教育的な環境に恵まれていたりする場合、全教科の成績をまとめて底上げするように影響がおよぶ。ゲームにたとえると、キャラクターのパラメータの全体的なベースの高さ、あるいはポテンシャルの高さみたいなものだとイメージしてもらえばいいだろう。

一方で「非共有環境の相関は0.08(ほぼ無関係)」とは、教科ごとのデコボコな得意・不得意は、そのひとならではの固有の経験が比較的大きく関与している、ということだ。

相性のいい勉強法に出会う、あるいはいい先生に出会うなどしていれば成績が上がったはずの科目も、相性がわるいひとと出会ってしまった、あるいは「たまたま毎週の数学の時間にしょっちゅう持病の治療のための通院が重なってついていけなくなった」といったことによって「ついていけなくなったから、この科目は捨てよう」となってますます成績が下がる―こんな話である。偶然のきっかけが、特定の教科の成績だけをピンポイントで伸ばしたり、逆に落としたりする。

この現象は「ジェネラリスト・ジーン、スペシャリスト・エンバイロメント(汎用的な遺伝子、専門的な環境)」と表現されている。そういう意味では、環境からの影響はある。

 

生まれと育ちのほんとうの関係

では、遺伝と社会経済的地位(SES)との関係、「生まれ」と「育ち」はどう関係するのか。

重要なポイントとしては「遺伝的な素質がどれくらい開花するか自体が、環境から影響を受ける」ということだ。

イメージしやすいように、植物のタネにたとえてみよう。

将来ものすごく大きくなりうる遺伝子を持った「エリートのタネ」と、平均的な「普通のタネ」があるとする。それぞれのタネを、栄養たっぷりの畑(人間で言えば裕福な環境=SESが高い)に植えたとする。どちらのタネにも、最高の土、十分な水、たっぷりの太陽の光を与えるのだ。

この場合、結果の差を決めるのは、タネ自身のポテンシャル(遺伝)になる。エリートのタネは大きく強く育ち、普通のタネはそれなりに育つ。つまり、環境がいいと、遺伝の差がはっきり出る。これを「遺伝率が高い」と言う。

逆に、コンクリートのスキマにタネがはさまって発芽したようなきびしい環境(人間でいえばSESが低い)で育った場合、どうなるだろうか。水も光も栄養もまったく足りない環境で育つと、タネがエリートだろうが普通だろうが関係なく、たいていはどちらもまともに育つことができない。遺伝で差がつきにくくなる。つまり環境の影響が大きいと「遺伝率が下がる」。

遺伝的な素質がどれくらい開花するかを表す「遺伝率」は、社会環境によって左右される。たとえばアメリカは、遺伝率が低い国のひとつだとわかっている。アメリカでは、金持ちの家の子どもたちはいい学校に通い、家には本がたくさんある。こうなると、その子が勉強をがんばれるかどうかや、地頭のよさといった遺伝の影響が数字として大きく出る。

一方、貧しい環境の子どもたちは、日々の生活や安全を確保するだけで精一杯だ。勉強する環境が整っていない。そうなると、ほんとうは成績がよくなりえた遺伝子を持って生まれてきても、その才能を発揮するチャンス(環境)がない。

アメリカは、SESが高いか低いか、言い換えれば親が金持ち・高学歴・社会的地位の高い職業かどうかによって、子どもの才能が花開くかどうかが左右されやすい国だ。金持ちの遺伝率は高く、低所得層の遺伝率は低い。

持って生まれた才能(遺伝)を活かせるかどうかが、スタートラインの環境(SES)が整っているかどうかに左右されてしまう。

一方、対照的に、オーストラリアやオランダ、英国などでは社会全体の遺伝率が高い。環境が充実していて、貧しい家の子どもも能力を開花させやすい。つまり親が金持ちかどうかよりも、持って生まれた遺伝によって学力などが決まる社会だと言える。

ここからの示唆はこうだ。

「万人にいい環境を整えることが、遺伝の差を埋める」とイメージするひともいるだろう。だが誰もが等しくいい環境を与えられたならば、みんなが持って生まれた素質を開花させる。だからむしろ遺伝による差がはっきり出る。

環境による差が大きければSESによって差がつきやすくなり、環境が整っていれば遺伝による差が出やすくなる。どちらにしても、万人が同じような能力を持っているわけでもなければ、同じように発揮できるわけでもない。

ただどちらがマシかといえば、当然、SESがなくても才能を伸ばせる社会のほうだろう。行動遺伝学の研究者たちは「遺伝率の高さこそが、その社会の平等の指標である」と結論づけている(※3)。

人間はひとりひとりが遺伝的にちがう。だからこそ画一的な基準での教育・競争ではなく、各個人の遺伝的なポテンシャルが、どんな環境(教え方やコース選択など)で最大化されるかをみきわめ、早くから、また適切に調整や介入を制度・運用面でサポートできる環境を社会的に用意することが重要だ。

なお、たいていの能力に関する行動遺伝学の研究では、幼児期や小学校低学年までのほうが、親が提供する共有環境の影響が高い。それが青年期から成人へと成長するにつれて、共有環境の影響は低下していき、代わって、持って生まれた資質の開花度合いを示す「遺伝率」が上昇する。一般知能や読解力に関しても、だ。

なぜなら幼少期には、大人から働きかけられたことは比較的素直に受け入れることが多い。しかし青年期になると、自分で時間の使い方を決めるようになっていく。そのとき選ばれる行動や環境は、自らの遺伝的素質(得意・好きなど)に合わせたものだ。読書が好きな遺伝的素質を持つ子は自ら書店や図書館に行き、身体を動かすのが好きな子は誰に言われずともスポーツをする。つまり遺伝的な素質が本人による環境の選択を通じて強化され、本来の遺伝的な能力がストレートに出やすくなる(遺伝と環境の相互作用)。

逆に言えば、小さいころのほうが環境の影響を受けやすく、したがって保護者や政策などによる介入の余地や効果が大きいと言える。

 

(※1)Krapohl, E., et al.(2014)."The high heritability of educational achievement reflects many genetically influenced traits, not just intelligence." PNAS.
https://doi.org/10.1073/pnas.1408777111

(※2)Kovas, Y., et al.(2007)."The genetic and environmental origins of learning abilities and disabilities in the early school years."
https://doi.org/10.1111/j.1540-5834.2007.00439.x

(※3)Krapohl, E., et al.(2014)."The high heritability of educational achievement reflects many genetically influenced traits, not just intelligence."

プロフィール

飯田一史(いいだ・いちし)

出版ジャーナリスト

出版ジャーナリスト・ライター。1982年、青森県むつ市生まれ。中央大学法学部法律学科卒。グロービス経営大学院経営研究科経営専攻修了(MBA)。出版社にてカルチャー誌やライトノベルの編集者を経て、独立。出版産業、読書、子どもの本、マンガ、ウェブ小説などについて取材、執筆している。JPIC読書アドバイザー養成講座講師、一般社団法人電子出版制作・流通協議会「電流協アワード」選考委員。著作に『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』『「若者の読書離れ」というウソ』(共に平凡社新書)、『いま、子どもの本が売れる理由』(筑摩書房)、『9割の日本人のための「ゆる読書」入門』(時事通信出版局)など。

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