キリンビール高知支店は、なぜシェアを奪還できたのか
2018年12月26日 公開 2023年01月05日 更新
そもそも「修行」は頭でするものではない
田口 田村さんはご自身で、いわば「使命」に気づかれたわけですが、「使命」に気づいた先のことが、必ずやあったはずです。高知支店のメンバーにどのように伝えたか、また、「お客様に喜んでもらう」ために、メンバーに何をしてもらったのか。そこはいかがですか。
田村 セールスのメンバーには、自分が気づいた「キリンを残すべき意義」を語ったうえで、「このままいくと、会社は滅びるかもしれないけど、われわれは立ちあがろう」といいました。そして彼らに、「お客様に喜んでいただくために、何をするのか」ということを考えてもらい、実行してもらったのです。まず、お客様のところに行かないといけないということで、訪問店数もそれまでの5倍以上になったと思います。
田口 とにかく、「数を回る」という基本中の基本を徹底したのが、すごいですね。頭だけで考えてもダメなのです。冒頭で、「営業は修行のようなもの」といいましたが、そもそも修行とは頭でするものではありません。むしろ頭は「無」にして、身体でするものなんです。
しかも田村さんは、「お客様のため」ということで、お客様を回る考え方も変えた。
田村 「お客様に喜んでもらう」ということを理念に掲げましたので、セールスは、売るために回るのではなく、自分たちの思いや商品の良さを伝えることになります。それまでは、「キリンを置いてください」とお願いして歩いていたので、ただただ追い返されるばかりでした。たとえば、飲食店さんにお願いに上がるときは裏口から入っていくのですが、だいたいは仕込みの真っ最中ですから「この忙しいときに、売れなくなったキリンが何しに来た!」と怒られるのが普通です。
最初は何を伝えていいかわからないので、相手に尋ねるしかありません。「キリンビール
についてどう思いますか」「このままだと、キリンはつぶれてしまいます。どうしたらいいでしょうか」などと聞き回っていました。
するとお店の人たちも、「キリンのポスターは文字ばかり多いから、貼りたくない」などと教えてくれる。せっかく教えてくださったのですから、次に行くときには、文字を少なくしたポスターを持っていきます。お店の人は喜んでくれて、「いますぐはキリンビールをとれないけれど、そのうちに考えるよ」といってくださる店も、だんだん出てきました。
「社長は、お客様に対して卑怯です」
田口 そのようになれば、状況がどんどん変わっていきますね。
田村 おっしゃるとおりです。4カ月くらいすると、メンバーたちは「回ることに身体が慣れてきた」といいだしました。さらに徹底して飲み屋さんや酒屋さんを回るようになりました。これは、高知の人の素晴らしいところでもあり、日本人の素晴らしいところでもあるんですが、一生懸命にやっている人には応援してくれる人が必ず出てきます。
「今度、村祭りがあるから、手伝いに来てくれたら、キリンを置いてやる」とか「次の宴会のときには、キリンにしてやる」という人が出てきました。
お客様に話を聞いたときに、広告のことを教えてくれる人もいました。全国一律の広告では高知の人間には伝わらないというのです。高知では、「おいしい」というより、土佐弁で「ごちゃんとうまいね」といったほうが伝わるとか。
そこで私たちは、土佐弁で広告をつくりました。何とかして「キリンは高知の人のことを大切にします」というメッセージを広く伝えたかったのです。
色々調べてみると、1人当たりのラガーの消費量は高知県が全国1位でした。それにお礼をしたいと思ってキャンペーンをしたところ、それで売り上げが1%変わりました。
「高知のお客様のため」という理念は、地元出身の営業サポート役の女性社員の気持ちも大きく動かしました。「私がやるんだ」と見違えるように変化していきました。
1人の女性社員は、本社から社長が巡回してきたときに、社長との懇談の場で「ラガーの味を元に戻してほしい」と直談判しました。社長が「それはできない」と答えると、「社長は、お客様に対して卑怯です」と詰め寄りました。
その後、思わぬことが起こりました。社長が東京に戻って、新聞記者に「ラガーの味を戻す」といって記事になったのです。
早速私たちは、「高知の人の声で、ラガーの味を元に戻しました」とキャンペーンをしました。これには、高知の人たちも大いに喜んでくれました。
実は私たちは、高知のお客様から、「キリンラガービールは、自分にとって大事なものなんだ。子供のころに両親がラガービールを本当に美味しそうに飲んでいた。だから、墓参りにもラガーを持っていく」とか、「会社で嫌なことがあっても、冷たいビールを飲むと疲れがとれる。明日は頑張ろうという気になる。だから、キリン、しっかりしろ」などということを聞いていました。だからこそ、何としても頑張りたかった。こんなふうにキリンを大切に思ってくださっているお客様がたくさんいるのに、われわれが頑張らないわけにはいきません。数字を上げることが目的ではなくて、高知の人たちに喜んでもらうことを自分たちの使命だと考えるようになったのです。
田口 まずは、高知支店の「将」たる田村さんが、「とにかく、お客様に喜んでもらおう」と「心の底」から思った。それを支店のメンバーにも伝えていった。メンバーも最初は半信半疑だったかもしれませんが、このように結果が出てくれば、どんどん「好循環」が生まれていきますね。
※本稿は、田口佳史・田村村潤著『人生に奇跡を起こす営業のやり方』(PHP新書)より、一部を部抜粋編集したものです。