他者を思いやれない「嫌知らず」の人が抱える自他境界の課題
2025年08月25日 公開
「自他境界」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
自他境界とは、自分と他者の範囲を分ける境界線のことで、健全な人間関係を築くために重要な概念です。私たちが対人関係で何か苦しかったり、困ったりしたとき、そのほとんどで自分と他者の間の境界線に何らかの問題が生じていると考えることができます。
心理的・物理的に距離が近くなりやすいパートナー間では、自他の境界線の問題は頻繁に生じてしまいます。本記事では、パートナー間で起こりやすい問題について、自他境界の観点から公認心理師・臨床心理士の若山和樹氏が解説します。
※本稿は『振り回されるのはやめるって決めた 「わたし」を生きるための自他境界 』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を一部抜粋・編集したものです。
自他境界と4つのタイプ
自他境界とは、「こころと身体の領域における、ここまでが自分の範囲で、そこから先が自分でないもの(他者)の範囲であることを示す境界線」を意味する言葉です。
自他境界がきちんと機能していると、私たちは人とのつながりのなかで「個人の幸福」と「健全な人間関係」を同時にかなえられます。反対に、私たちが対人関係で何か苦しかったり、困ったりしたとき、そのほとんどで自分と他者の間の境界線に何らかの問題が生じていると考えることができます。
問題のある境界線は、大きく4つのタイプ(迎合タイプ、回避タイプ、支配タイプ、無反応タイプ)に分類できます。
ぴったり重なり合うような関係を望む ニコイチ
しばしば自他境界の問題を抱えた人は、パートナーと自分がぴったり重なり合うような関係を望んでしまうことがあります。
主に依存症などの女性を支援してきたソーシャルワーカーである上岡陽江と大嶋栄子は、境界線の問題について深く取り上げた『その後の不自由』(医学書院)のなかで、こうした関係を「ニコイチ」と呼んでいます。
通常、相手とニコイチになることを望んだとしても、そこそこ健康な人であると(いわゆるその関係が「重く」なって)離れてしまうのですが、相手もまた自他の境界線の問題を抱えている場合、その関係が奇妙なバランスで成り立ってしまうのです。
しかし、当然ながらいくら気が合う相手でも、すべてがぴったりと重なることなんてできません。一度ずれてしまうと、激しい怒りがまるで子どもの癇癪のように示されることになります。
これは境界線があいまいなために、相手を自分の一部として扱ってしまい、そのために相手が思い通りにいかないことをどうしても許容できず、生じてしまう怒りなのです。しばしばこれはエスカレートし、モラハラやDVにまで至ることがあります。
ニコイチの関係は支配タイプと迎合タイプ、あるいは支配タイプ同士のパートナー関係で生じてしまいます。
具体例としては、次のようなものが挙げられます。
・自分以外の異性と接触することを禁止する
・仕事などやらなくてはいけないことよりも、自分のケアを優先するよう強要する
・相手のスケジュールを完全に管理する
・思い通りにいかないと、相手を一方的にののしったり、物に当たり散らしたり、時には暴力にまで発展する(そしてそれを相手のせいにする)
・相手が離れようとすると、自殺をほのめかしたり、まわりの人やペットを傷つけると脅す
『その後の不自由』では、ニコイチとなっている本人たちは、どれだけ大騒ぎになっても、自分がしたことやされたことを、忘れたりなかったことにできてしまうことが指摘されています。
自他の境界線があいまいなあまり、ニコイチの関係のなかでは相手を傷つけてもそれが自分を傷つけている、あるいは相手から傷つけられても自分が傷つけているように感じてしまうのです。明確な境界線の侵害が起こって大切なものが奪われているときでも、そのことに気づかずに「私は大丈夫」と思い込んでしまいます。
境界線が溶け合うニコイチの関係では、相手から非常に密度の濃い力が流れ、欠乏が埋まったように感じることがあります。そして、反対に相手と離れると強烈な不安に襲われるため、トラブルがあっても結局は元の関係に戻るということが繰り返されるのです。
しかし、ニコイチの関係はその場はよかったとしても、それをいつまでも続けることは困難です。今ここでの相手(と自分)のニーズしか考えることができないため、たとえば「将来のために今は我慢して仕事や勉強をがんばろう」というような、見通しを持った判断ができないのです。
そのため、多くのカップルはどこかのタイミングで破綻し離れることを選択するのですが、しばしば周囲から孤立した「ふたりぼっち」となったまま関係性が続いてしまうことがあります。健全に関係を続けるためには、健全な自他境界が必要なのです。
相手の「いや」を受け入れられない 嫌知らず
2024年の終わり頃、X(旧Twitter)で「嫌知らず」という言葉が話題になりました。
これは主に男性が女性の「いや」をそのまま受け取らずに振る舞う様子を示すものであり、この言葉がつくられると同時にいろいろな人たちが自分の経験について語りはじめました。こうした家族やパートナーが身近にいることが明らかになったのです。
ライターの藤井セイラは、この嫌知らずについてXで「相手のイヤを否定/拒絶/嫌悪/命令とは受け止めずに、制止されても嬉々としてまたは淡々と迷惑行為や加害をしつづける認知と行動のバグ」であるとし、「家族や恋人など甘えの磁場でのみ発動する」と指摘しています。この甘えの磁場とは、境界線の問題が起きやすい人間関係を指す言葉であると考えることができます。
相手の「いや」を受け入れられないという嫌知らずの現象は、まさに支配タイプのパートナーによって引き起こされるものと捉えられます。
ただし、嫌知らずを経験した人たちの投稿を見ていくと、相手を支配するためというよりも、相手の「やめてほしい」というニーズに耳を貸さないという、無反応タイプの境界線が引き起こしているものも多く見られました。
少なくとも一部の嫌知らずに関しては、相手のこころで生じることに対して、自分自身のこころのプロセスをそのまま当てはめて理解しようとしてしまうことから生じると考えられます。
具体例としては、次のようなものが挙げられます。
・勝手に身体に触れたり、不快に感じるあだ名で呼んだりして、いくらやめてほしいと言ってもやめてくれない
・自分が気にしないからといって、相手に対して無神経な言動を繰り返す
・パートナーの私物を雑に扱う
嫌知らずをする人は、最終的に相手がどうしても我慢できずに爆発すると「そんなにいやなら言ってほしかった」と戸惑う様子を見せます。言われた側としては、「最初からいやと伝えていたのになぜ?」と不思議に思うのですが、これは自他境界がないことによって自分と相手の区別がついていなかったのだと説明できます。
嫌知らずは、男性から女性だけでなく、女性から男性に対しても行われていると考えられます。しかし、私たちの文化が女性の「いや」を軽視しており、とりわけ性的な境界線の侵害を頻繁に行ってきたという事実は重く受け止める必要があるでしょう。







