苦しみのない「人生プログラム」はない
誰でも不安や苦しみがないことを願う。しかし人間は不安や苦しみから逃れられるようにプログラムされていない。人は不安や苦しみに消耗した時に「もうこれ以上の不安や苦しみは勘弁してくれ」と叫びたい。しかしそれでも不安や苦しみはやってくる。カーリー・ギブランの詩にある。
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愛は穀物のようにあなたを刈り入れ、脱穀し、臼でひいて白い粉にし、しなやかになるまでこねて、神聖なる火にかける。
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―――He kneads you until you are pliant.
喜びと苦しみを切り離して反対なものと考えてはならない。それは人生や人間を静的な視点で捉えている。もっと動的な視点で考えなければならない。動的な視点とは人生を成長の視点で捉えるということである。人は苦しみながら成長する。
「現在のみが実在し、今日という日は二度と戻らぬことを忘れてはいけない」と、ショーペンハウアーはいう。これが正しいことは認めなくてはならない。
しかし、実在するものだけが幸福をもたらすのではなく、また、今日という日は二度と戻らないという事実を絶えず認識していれば、幸福のためになるというわけではないだろう。それに、人によっては全く別の視点が役に立つ。
「未来はあなたの前にあり、また、明日は今日よりいい日になるかもしれない、ということを忘れてはいけない」
ヒルティーも『幸福論』で次のように述べている。
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ついぞ大きな苦痛を知らず、自分の自我の大敗北を体験せず、失意の底に沈んだことのない者はものの役に立たない。そうした人には何かせせこましさがあり、またその態度振舞には高慢にして独善、しかも不親切なところがあ る。
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(註:『幸福論「二」』ヒルティー、斎藤栄治訳、白水社、1980年4月25日、122頁)
【著者紹介】加藤諦三(かとう・たいぞう)
1938年、東京生まれ。東京大学教養学部教養学科を経て、同大学院社会学研究科修士課程を修了。1973年以来、度々、ハーヴァード大学研究員を務める。現在、早稲田大学名誉教授、日本精神衛生学会顧問、ニッポン放送系列ラジオ番組「テレフォン人生相談」は半世紀ものあいだレギュラーパーソナリティを務める。