「夜なかなか寝付けない」「物忘れが酷くなった」...高齢者のよくある悩みとして見過ごされがちな特徴ですが、実は原因は「老人性うつ」にあるかもしれません。医師でさえ見間違えてしまう可能性があるという「老人性うつ」の特徴について、精神科医の和田秀樹さんが解説します。
※本稿は、和田秀樹著『頭がいい人、悪い人の健康法』(PHP新書)から一部を抜粋し、編集したものです。
心の健康は寿命に直結する
日本人ほど心の健康を粗末にしている国はほとんどない。私はそんな気がしています。風邪を引いたくらいで医師にかかれる国はそうそうありません。ところが、日本では、自殺するまで精神科にかからない人がたくさんいます。
GDP(国内総生産)では世界第3位の先進国でありながら、これはかなり野蛮なことです。「もう少し心の健康を大事にしてくださいよ」と言いたくなります。
コロナ禍でもメンタルヘルスに関して、とりたてて問題にされることもなく、どんどん自粛を推奨する政策が推し進められてきました。心の健康が、この国ではすごく粗末にされている象徴でしょう。
もう一つ考えないといけないのは、日本はがんで死ぬ国だという点です。がんの予防を考えると、NK細胞の活性を高く保つことが大切です。それにはストレスが少なく、心の健康状態が良好である必要があります。
アメリカのように心疾患で死ぬ国であれば、コレステロールを減らせだの、肥満を避けろだのと呼びかけることに意味がありますが、がんで死ぬ国では心の健康を大切にしたほうが、がんのリスクは下げられるし、死亡率も下がるはずです。
心の健康は、寿命に直結します。「頭がいい人」は、心の健康をけっして軽んじたり粗末にしたりしません。加えて、みなさんに知っておいていただきたいのが、歳をとるほど心と体の結びつきが強くなるということです。
どういうことか一例をあげると、うつ病は死に至る病ですが、若い人がうつ病で亡くなるのはまず自殺です。
一方、高齢者の場合はうつになると、食事を摂らなくなり、すぐに脱水を起こします。脱水によって血が濃くなり、脳梗塞を起こしやすくなります。また、眠れなくなって酒量が増えると、脳梗塞が起こりやすくなります。
田中角栄元総理もこのパターンだったのだろうと私は見ています。ロッキード事件で有罪判決を受け、控訴したあと、派閥を割るように創成会が発足しました。うつうつとする日々のなかで脳梗塞で倒れたのです。歳をとって、心と体の結びつきが強くなっていたがゆえのことだと思われます。
さらに、精神神経免疫学の知見も重要です。すなわち、心の状態が悪くなれば、免疫機能も低下するし、反対に免疫機能が低下しているときは、心の状態も悪くなるのです。
風邪を引いているときは、免疫機能が下がるのみならず、気分が落ち込んでやたらと人恋しくなったり、もっと悪い病気が潜んでいるのではないかと思ったりしがちです。要するに、免疫機能が落ちていると、うつになりやすくなります。
若い頃なら、風邪を引いているときに彼女が見舞いに来てくれたりすると、「この人しかいない」という気持ちになって、うっかり(?)結婚するようなことが往々にして起こります。
冗談のように思われるかもしれませんが、精神神経免疫学の考え方では、心の状態と体の状態は非常にリンクしやすいことが指摘されており、端的な例だといえそうです。
歳をとればとるほど細胞のミスコピーが増えていきますが、ミスコピーされた細胞を取り除いてくれるNK細胞の活性も、歳をとるほど落ちていきます。それだけ免疫力の低下の度合いが大きいわけです。
また、不運に見舞われたあと、しばらくしてから、がんを患う人が少なからずいます。人生はつらいことばかりと嘆くわけですが、そこにはメンタルの悪化により免疫力が低下するという理由があるように思います。がんにかぎりません。免疫力が下がると、高齢者は亡くなるといえるのです。
人生で最大級の悲劇にもなりうる“老人性うつ”
「認知症になりたくない」と口にする人は多いのですが、「老人性のうつになりたくない」と言う人はまずいません。
高齢者(65歳以上)のうつ病のことを「老人性うつ」と呼んでいますが、晩年にこれになることは認知症以上に不幸なことだと思っています。認知症は家族はともかくとして、本人にしてみれば嫌なことを忘れられるわけで、ニコニコしている人が多いのです。
一方で、老人性うつは、自分はみんなの邪魔になっている、生きていることがつらい、早くお迎えが来てくれないかなどと思いながら、日々を送ることになります。
本来なら人生の実りの時期に、つらい気持ちを抱えたまま、何もしない暗い老人として生涯を終えなければならないとしたら、人生で最大級の悲劇です。私自身、老人性うつにだけはなりたくないと思っています。
老人性うつは、退職や子育てが終わるなどして、長年の役割の変化、配偶者や親しい人との死別や離別、人との交流の減少、心身の衰えや病気、介護によるストレス、経済的不安など、高齢期が体験しがちなさまざまな要因がきっかけとなります。
ただ、老人性うつの場合、セロトニンが不足していることが多いため、薬が比較的よく効きます。
ですが、高齢者は医師にかかることなく放置されることが多いのです。放置されやすい理由の一つは、「歳のせい」で片づけられることが多いからです。私たち精神科医が、うつが疑われる患者さんにまず聞くのは、年齢にかかわらず、「食欲はありますか」「きちんと眠れていますか」の2点です。
若い人の場合、食欲が落ちていて、夜、何回も目が覚めて眠れないとなると、うつ病と判断されます。でも、高齢者の場合は、うつでなくても食が細くなります。夜、目が覚めるのも歳のせいだろうと片づけられてしまい、医師にかかることがまだまだ少ないのです。
睡眠に関していえば、老人性うつの場合、寝つきが悪くなる人よりも、中途覚醒が増えて眠った気がしないという人が多いのですが、歳のせいで目が覚めるのだという誤解があります。
医師にかかって薬を飲めばよく食べるようになるし、よく眠れるようになることが多く、早期発見ができれば8〜9割の人は治ります。一方、こじらせてしまうと、沈んだ気持ちのまま人生の幕を下ろすことになりかねません。
眠れない、食べられないという場合、老人性うつの可能性があることは、「頭がいい人」の健康法としてぜひ覚えておいていただきたいと思います。