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生き方

ユング心理学が「悩みから逃げず、苦しむこと」を勧める意味

山根久美子(臨床心理士/公認心理師/ユング派分析家)

2023年09月22日 公開

 

「私の答え」を見出すために、十分に悩み、苦しみ、待つ

ユングがNo.1とNo.2を生涯にわたって内に抱え続けたように、ユング心理学が目指しているのは対立の迅速な解決や解消ではない。対立は緊張や葛藤をもたらすが、ユング心理学が目指すのは、その緊張や葛藤を抱え、持ちこたえることにある。

このユング心理学の態度は、以下のユングの言葉によく表れている。ユングの高名な弟子の一人でイギリス人のユング派分析家バーバラ・ハナによると、冷戦について問われたユングはこう答えたという。

「私の考えでは、どれだけの人が対立のもたらす緊張に耐えられるかが焦点になると思います。もし十分な数の人が耐えられたなら、おそらく状況は保たれ、無数の脅威を忍び歩いて最悪の大惨事──つまりは、対立するものの衝突による最終戦争である核戦争──は避けられるでしょう。

でも、もし多くの人が緊張に耐えられず、核戦争が起きれば、これまでに多くの文明が──もう少し小規模な形ではありますが──終わってきたように、私たちの文明も終わりを迎えることになるでしょう」。

ユングが冷戦を通じて示唆しているのは、2つの物事が対立し、緊張状態に陥ったとき、それに耐えることが大事になってくるということである。

冷戦は第二次世界大戦後に2つの国──アメリカとソ連──の間で起きた対立で、国際社会に45年間にわたる緊張状態をもたらした。その間、1962年のキューバ危機など、核戦争寸前にまで至ったこともありつつも、何とか核のボタンには手をかけずに1989年の冷戦終結まで持ちこたえた。

緊張や葛藤は苦しいしモヤモヤするので、早く解決してその状態から解放されたいと思うのが人情である。けれど、早く解放されたいと願うあまり、安易に答えに飛びつけば、それは破滅につながりかねない──そう、もし冷戦において緊張状態に耐えきれず、核のボタンを押していたら、地球は今ごろ終わりを迎えていたように。

このユングの考えは、西側諸国とロシア、さらにはアメリカと中国を中心とする安全保障上、経済上、政治体制上の対立、そして各国の国内における経済的な格差による対立という、いわば地球上の横軸と縦軸の双方での対立を抱えて混迷を深める現在の世界を生きていかざるをえない私たちにとって、より一層価値を持つ態度なのではないかと思う。

ユングは、無意識からのメッセージである夢やイメージを理解するためには、「こういう意味だ」とすぐに結論を出すのではなくて、夢やイメージの「周りを歩くこと」が大事だと言っているが、それはここでも当てはまる。

緊張や葛藤からすぐに逃れようとするのではなく、そこに踏みとどまって「周りを歩くこと」が必要なのである。葛藤や緊張は、周りをぐるぐると歩いて、じっくり悩んだり苦しんだりして答えが出るまで待つことにこそ意味がある。

そもそも人生には正解はない。ならば、葛藤や緊張に対しても「私の答え」を見出さなければならないが、それは、十分に悩み、苦しみ、待つことなしに簡単に見出せるはずもないのである。

 

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