「とらドラ!」シリーズや「ゴールデンタイム」シリーズなど、数々の作品でライトノベル界を席巻し、近年は一般文芸の分野でも存在感を発揮する竹宮ゆゆこ氏。
待望の新作『心臓の王国』は、二人の高校生を物語の中心に据えたオフビートな青春ブロマンス(男性同士の熱い友情物語)だが、読者の予想を大きく裏切る終盤へかけての怒濤の展開が、早くも巷の話題を攫っている。創作の背景を直撃した。(取材・文/友清哲)
※本稿は、『文蔵』2023年9月号の内容を一部抜粋・編集したものです。
献身の物語を突き詰めてたどり着いた物語
――最新作『心臓の王国』は500ページ超の大作という点もさることながら、青春小説のようでいて、決してその枠に収まらない世界観と展開に圧倒されました。まずは今回の着想から聞かせてください。
【竹宮】以前、『あなたはここで、息ができるの?』という作品を書いた時に、尊敬する作家さんから「これは献身の物語ですね」というお言葉をいただいたことがありました。
この表現がすごく心に残っていて、振り返ってみれば確かに私の作品はどれも"献身の物語"に当てはまることに気づかされたんです。
たとえばボーイミーツガール的な出会いが最初にあって、相手が助けを求めていることに気づき、いろんなことを犠牲にしながらその人のために動く―といった流れは、私の中では黄金パターンなのだと思います。
それを端的に見抜かれたことで、余計に意識してしまうようになり、だったら正面から向き合って"献身の物語"を突き詰めてみようと考えたのが、今回の作品の始まりでした。
――それまでは無自覚にその黄金パターンを踏襲していた、ということですか。
【竹宮】そうなんですよ。献身ってやはりロマンチックですし、美しいじゃないですか。下心ではなく純粋な気持ちで相手を助けたくなる心情というのは、ハッピーエンドになる必然性のようなものがそこにはあると思います。
では、なぜ自分はそういうヒロインを助ける系の物語が好きなのだろうと考えてみると、これが誰から教わったものなのか、何から影響を受けたものなのか、よくわからなくて。その答えを見つけたいという気持ちが、『心臓の王国』の起点になっています。
――高校生の青春ブロマンスという設定は当初からのものですか。
【竹宮】それが、もともと担当編集者と話していたのは、実はゾンビ物だったんです(笑)。人々がゾンビ化する世界の中で、バタバタと慌ただしく蠢く群像劇をポップに描けないか、というのが最初のアイデアでした。
当時はコロナ禍の真っ只中で、世の中が異常な雰囲気に包まれていましたから、それを逆手にとって非常事態の中でもしぶとく、面白く生き延びる人々の姿が描けないか、と。
――最初の構想とはかなり違う物語になりましたね(笑)。
【竹宮】ゾンビについて熟考するうちに、ゾンビというよりも、ゾンビを形成する「人体そのもの」について深く考えるようになり、そこで思いがけないアイデアに行き当たったんです。
そのアイデアをもとにお話を考えていったら、高校生を主人公にしたキラキラな青春をベースにしようと、あっさり方向転換することになりました(笑)。
――今回とりわけ印象的なのは、非常にリアルで生々しい高校生男子の生態が、たっぷりと描写されていることです。ネットスラングをそのまま用いるなど、前衛的な手法と相まってとても現代的な世界観でした。
【竹宮】といっても、私自身は彼らとだいぶ世代も異なりますから、すべては頭の中で創り上げたファンタジーですけどね。
ただ、鋼太郎については主人公なので、作者として最も長くお付き合いすることになりますから、私自身が好きになれる、書いていて楽しい人物にしなければならないと考えました。そこでピンときたのがお兄ちゃんキャラでした。妹から見て強くてかっこいいお兄ちゃんです。
――一方、転校生として登場する神威のキャラクターも実に個性的です。「せいしゅん」に憧れる謎の美青年は、ミステリアスですが愛らしい存在でした。
【竹宮】神威はいわば、鋼太郎を"壊す"ための存在として設定したキャラクターでした。鋼太郎の妹からすると、強くてカッコいいお兄ちゃん像を崩したり、理不尽な別離によって鋼太郎自身を壊したり。神威もまた、長く付き合うために私が書いていて楽しい人物像に仕上げることができました。
青春譚から一転、圧倒的に不穏なラストシーンへ...!
竹宮ゆゆこさんご本人
――500ページ超の大作ですが、一切読み飽きさせません。リーダビリティの秘訣は何でしょう?
【竹宮】強いて挙げるなら、コメディ部分に手を抜かないこと、でしょうか。青春コメディのようなノリとテンポで進みながら、最終的には全く違う展開にすることは決めていましたから、なおのこと前半は100パーセント明るく描き切ろう、と。
彼らのバカバカしい日常シーンを描く際は、私もゲラゲラ笑いながら書いていますから。もっとも、突然暗転させると読者の方をびっくりさせてしまうので、所々に不穏な描写を交えて少し匂わせてはいるんですけどね。
――まさしくその、序盤と終盤の展開の落差こそが、本作最大の妙味だと思います。ネタバレを避けながら、構成の苦労をお聞きしていいですか。
【竹宮】これはもう、万人ウケする類のものではないと覚悟はしています(笑)。書いている最中から、「これはたぶん、大半の人には受け入れてもらえない」と思っていましたし、こうして本が刷り上がったいまでも、評価は良くて五分五分だろうとビクビクしています。
ただ、日頃から私が意識しているのは、細い細い針のようなものを読者の体の中にスーッと刺していくような作品でありたいということです。
針が細過ぎて、差し込まれている側はそれに気づかないままどんどん奥深くまで入り込んでいくのだけど、その針にはかえしが付いているので、ラストにそれを一気に引っこ抜くと、読者の心に少なからず何らかの爪痕が残る、という物語ですね。今回の終盤の展開はまさにそのイメージでした。
――言い得て妙です。読者の方にはぜひ、徹頭徹尾この物語を味わい尽くしていただきたいですね。
【竹宮】実は今回、約20年に及ぶ作家人生の中で初めて、予定していたラストシーンを執筆中に変更しているんです。
これまでは最初に決めたプロットの通りに書き上げてきましたが、今回だけは「果たして、この結末で読者にもう一度読み返したいと思ってもらえる作品になるのだろうか」と疑問が生じました。結果的にそれが正解だったのかどうかは、読者の皆さんに委ねたいと思います。
――そして読み終えたあとにあらためて冒頭の序章に立ち返ってみると、背筋がゾクリとする感覚を味わえます。
【竹宮】そこは私のいやらしい部分というか、下心ですね(笑)。ぜひ、多くの方にそのゾクリを体験していただきたいです。
――最後に、本作をどのような読者に届けたいか、メッセージをいただけますか。
【竹宮】この作品は、昨年の10月くらいから執筆を始めて、本当に大晦日も正月もなく、1日も休まずに書き続けた物語です。少し休もうと他のことをやり始めても、どうしても物語が気になって頭から離れず、時に息苦しい想いをしながら書き上げました。
そうしてひとつの作品に没頭できるのは私にとって無上の喜びでもあり、その意味では誰よりも先にこの物語に夢中になったのは私なのかもしれません。ぜひこの喜びを多くの読者の皆さんと共有させていただきたいですね。