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生き方

図書館通いの高齢者にみる「定年後を楽しめない人」の特徴

岸見一郎(哲学者)

2024年01月08日 公開 2024年02月16日 更新

 

ありのままの自分を好きになる

そのような対人関係に入っていくためにも、何より「自分に価値がある」と思えることが肝心です。自分に価値があると思えればこそ、対人関係に入っていこうと思えるからです。

ところが、生産性を唯一無二の価値としてきた人は、その源泉である仕事から離れると、自分に価値を見出せなくなります。

しかし、退職して失うのは、所属や職責、肩書きだけです。齢を重ね、様々な衰えが顕在化してきたとしても、人としての価値が減じることはありません。

ありのままの自分に価値を認め、「今、ここ」にある自分を好きになる──そのためには、価値についての考え方を転換する必要があります。生産性に価値がないわけではありません。生産性にのみ価値があるわけではないということです。

雄の猿は、自分の優位性を誇示するため、他の雄猿の背に乗る習性があります。マウンティングと呼ばれる行動です。

「ご職業は?」「どちらの会社にいらしたのですか?」「ご出身の大学は?」と、初対面の人に学歴や職位を問うのも、同種の行動といえるでしょう。それによって自分と相手との上下・優劣をはっきりさせ、言葉遣いから遇し方まで、相手に対する態度を決めているのです。

このような振る舞いはすべて、劣等感や虚栄心の現れです。過去の栄光にいつまでもしがみつくのは、格好よくありません。

ありのままの自分の価値を認める、自分のことを好きになる、といっても、いきなりは難しいと感じるならば、まずはこうしたことをやめることから始めてみるといいでしょう。

互いの過去を比べるのではなく、「今、ここ」にある相手に関心を向けることを意識すれば、おのずと初対面の人に投げかける質問や会話の中身も変わってきます。

病気も、生産性にのみ価値があるわけではないことに気づくチャンスの1つです。私の友人は、働き盛りに会社の健康診断で膵臓ガンが見つかりました。早期に発見できたおかげで一命は取り留めましたが、ほどなく彼は会社を辞め、今はキャンピングカーで日本全国を旅して回っているようです。

病気をきっかけとして、彼は人生において自分が大事にしたい価値について考えたのだと思います。病気をしても変わらない人もいますが、それを人生の価値について考えるきっかけとして活かすことができれば、その後の人生に新たな地平が見えてくるはずです。

 

著者紹介

岸見一郎(きしみ・いちろう)

哲学者

1956年、京都府生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。専門の哲学(西洋古典哲学、とくにプラトン哲学)と並行して、89年からアドラー心理学を研究。精力的にアドラー心理学やギリシア哲学の翻訳・執筆・講演活動を行なう。著書に『アドラー心理学入門』(ベスト新書)やベストセラーとなった『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)など多数。

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