いい人間関係を築くうえで最も大切なのは、「ほめること」や「肯定すること」よりも、「相手を否定しないこと」です。本稿では、否定しない会話の技術や、否定してくる人への対処法をエグゼクティブ・コ-チの林健太郎さんが解説します。
※本稿は『PHPスペシャル』2024年4月号より、内容を抜粋・編集したものです。
「否定する会話」からいい関係は生まれない
会話をしていて一度も否定しない日は無いと言えるほど、誰もが相手のことを否定してしまっています。ただその多くは、「ダメだよ」「やめたほうがいい」など、あからさまに否定するような言葉で相手を否定しているのではありません。自分では気づかないうちに、否定してしまっているのです。
よくあるのは、「よかれと思ったアドバイス」が否定になっているパターンです。
たとえば、髪をバッサリ切った友人に対して、「髪切ったんだね。私は長いほうが似合っていたと思うよ」とサラッと言ってしまうことがあるかもしれません。
悪意はいっさいなく、よかれと思っての発言だったとしても、言われた相手は恐らく「髪を切ったことを否定された」と受け止めるでしょう。
他にも、相手が話しているのを遮って自分の話を始めたり、話している相手と目を合わさずに他のことをしながら聞いたりしても、相手は否定されたと感じます。
このような「否定する会話」をしてしまうと、相手には「怒り」や「むなしさ」という感情が生まれます。そのうち、あなたとコミュニケーションをとるのが嫌になり、信頼関係を築けなくなるでしょう。
裏返すと、否定しなければ、相手と自分との間に気持ちや考えを安心して言える「心理的安全性」が生まれ、相手はあなたに対してポジティブな感情を持つようになるのです。ぜひ一度、自分は「否定する会話」ばかりしていないか、振り返ってみてください。
マインドを変える4つの考え方
多くの人は無意識のうちに相手のことを否定してしまっているため、技術を覚えるよりも、まずマインドを変える必要があります。
考え方①「相手がどう感じるか」を重視する
まず初めに心に留めておいてほしいのは、あなたの発言が「否定しているか、していないか」ではなく、「相手が否定されたと受け取るか、そうでないか」が重要であるということです。
自分の言葉によって相手がどう感じるのかを、想像してみましょう。想像するのが難しい場合は、相手の態度を観察してみてください。ムッとしている、うつむいて黙っている、手をぎゅっと握りしめているというようなときは、相手は否定されたと感じている可能性が高いです。
考え方②「事実だからいい」と思わない
次に覚えておいてほしいのは、たとえ事実であったとしても、伝え方によっては否定の言葉になるということです。
たとえば、後輩に手伝ってもらった仕事にミスがあったとき、「ここ間違ってるよ」と指摘したとします。たしかに事実だとしても、相手は「せっかく手伝ったのに否定された」と捉えるでしょう。
「事実なのだから言ってもいい」というマインドでは、良好な関係を築くことができません。①の考え方に則り、相手がどう感じるかを想像して、伝え方を工夫することが大切です。
考え方③ 「自分は正しい」という考えを捨てる
「正しい」「正しくない」の軸で物事を考えると、そこに対立が生まれます。会話においては、「どちらが正しいとも言えない」ことのほうが多いのではないでしょうか。それにもかかわらず、「自分は正しい」というマインドで話すと、相手の考えを否定することにつながります。
もし会話の中で意見が対立した場合は、「そもそも何のために、この会話をしていたのか」という原点に立ち返ってみるといいでしょう。最初の目的を改めて確認することで、よりよい会話や議論、選択ができるようになるはずです。
考え方④ 相手に過剰な期待をしない
無意識のうちに否定の言葉を使ってしまうのは、「やってくれると思っていたのに、やってくれない」など、相手への憤りがあるからかもしれません。気づかないうちに、相手に対して「一方的」で「過剰」な期待を抱いてしまっているのです。
とくに親子や先輩後輩などの関係において過剰な期待が続くと、「こうあらねばならない」と、立場が弱いほうが強いほうの意向に沿う行動をとるようになります。
これは、関係を築くうえであまりプラスに働かないでしょう。相手に対する期待値を下げることが、無意識のうちに出てくる否定の言葉を減らすことにつながります。
否定しない会話の技術
否定しないためのマインドを整えたら、次に技術を磨いていきましょう。良好な人間関係を築くための会話の仕方を、今日からすぐに使えるフレーズを交えながらご紹介します。
【技術1】受け取る
「否定しないということは、すべてを受け入れなければならないのでしょうか?」と訊かれることがありますが、決してそうではありません。相手が「否定された」と捉えないことが大切なのであり、相手が言った内容に必ずしも同意する必要はないのです。
同意できない内容なら、「受け入れる」のではなく「受け取る」だけでOK。その場合は、相手の発言を復唱するといいでしょう。
「〇〇(相手のフレーズ)ということを考えているんですね」など、相手の発言を繰り返せば、否定されずに受け取ってもらえたと相手は思います。また、「復唱する」以外にも、下記のフレーズを活用してみましょう。
・「そうなんですね」「そうなんだね」
→一番簡単なフレーズです。会話の中で多用しても違和感がないので、条件反射で使ってもOKです。
・「その考え方は新しいね」
→このフレーズは、「賛成か、反対か」の意図を含まず、「あなたの発言をたしかに受け取りましたよ」というメッセージだけを伝えることができます。
【技術2】イエス・エモーション話法
否定しない会話技術として有名な「イエス・バット話法」。これは相手の言葉に対して、「そうですね(イエス)」と肯定したうえで、「でも(バット)」と意見するというものですが、相手からすると「否定された」と感じる場合がほとんどです。
そこで推奨されているのが、肯定したあとに否定せず意見を言う「イエス・アンド話法」ですが、私はこれでも足りないと考えています。おすすめしたいのは、「イエス・エモーション話法」。これは、肯定の言葉に加えて自分が感じたポジティブな感情を伝えるというものです。下記に例を挙げてみます。
例:髪を切ってきた友人に対して......
→「バッサリ切ったね! すごく似合ってると思うよ!」
例:「昨日パンケーキを食べに行った」と話す友人に対して......
→「パンケーキを食べたんだ! あのお店、ずっと行きたいって言ってたもんね! 私もなんか嬉しいよ!」
肯定の言葉だけでなくポジティブな感情も伝えると、相手の承認欲求が満たされます。このあとで相手に同調しない意見を言ったとしても、相手は「否定された」と感じにくくなります。
【技術3】「さすが」返し
否定しないことを意識しすぎると、相手を過剰にほめてしまうかもしれません。しかし、ほめすぎると、言われた相手は「何か裏があるのでは?」と疑ってしまい、かえって関係が悪くなることがあります。
そこで活用してほしいのが、「さすが」というフレーズです。この言葉は、相手のことを否定も肯定もしないフレーズですが、言われて嬉しくなる言葉であることは間違いありません。
言われた相手は、「この人は自分のことを理解してくれている」と受け止めます。ただし、大げさに言うと嘘っぽく聞こえるので注意しましょう。
【技術4】黙る
「否定と受け取られずに、うまく会話を続ける自信がない」という人は、無理に話す必要はありません。相手に話してもらえばいいのです。そのために有効なのが、「黙る」こと。相手の発言に対して反射的に言葉を返すのではなく、いったんブレーキを踏んで黙ってみましょう。
「聞いています」というリアクションをしながら、相手が話し終えるまで黙り、話し終わったあとも、うなずきながら2秒間沈黙してみましょう。
すると恐らく相手が発言を続けてくれるので、否定されたと感じることなく会話が広がっていきます。良好な人間関係を築くには、相手に思っていることをたくさん話してもらうのが一番です。
否定してくる人への対処法
・「ザル」をイメージして必要な情報だけを受け止める
自分は否定しないように心がけたとしても、相手から否定されてしまうことはよくあります。否定ばかりする人とは、できるだけ距離を置きたいものですが、それが難しい相手への対処法としておすすめしたいのは、心の中で「ザル」をイメージすることです。
否定してくる相手の言葉を全部受け止めていたら大変なので、言葉を「ザル」で濾して、要らない部分はザーッとこぼしてしまえばいいのです。私はこれを「ザルのように聞く」と表現しています。
否定や罵倒、叱責の言葉はすべて「要らない情報」、自分にとって大事な気づきや学びがある言葉は「要る情報」というふうに心の中で選別して、要る情報だけを残し、要らない情報は流してしまいましょう。残すか残さないかは、自分で判断して大丈夫です。
たとえば、ダイエットがうまくいっていることに対して「急に痩せすぎじゃない? この年で痩せると不健康に見えるから、気をつけたほうがいいよ」と言われたとします。
「痩せすぎ」「不健康に見える」という否定の部分に対しては受け流し、「健康的に痩せることが大事」という部分だけを残して今後の行動に活かす。そうすれば、無駄に傷つかず、前向きに気持ちを切り替えられるでしょう。
否定しないコミュニケーションスキルと心の中のザル、この両方を使い、みなさんが多くの人と心地よい関係を築けることを願っています。