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伊藤元重先生の「円高・円安」特別講義

伊藤元重(NIRA理事長/東京大学大学院教授)

2012年10月09日 公開 2022年11月02日 更新

円高を止めることは可能か?

「1日4兆ドル」の為替市場を動かすのは、政府にとっても困難

 工場の現場では1%、2%のコスト削減のために乾いた雑巾を絞るような努力が続けられているのに、為替レートはそれをあざ笑うかのように10%も20%も簡単に円高になってしまう。円高の動きが出てくると、こうした嘆きがメーカーなどから聞こえてくる。

 なんとか、為替レートを固定できないか、あるいはせめて過度な円高にならないように介入で安定化できないか。これは多くの国民が考えるところだろう。

 残念ながら、現実には政府や中央銀行が為替レートを固定化することは困難だ。円高局面になると政府は、「断固としてこれ以上の円高を阻止する」と強い口調で発表するが、その成果が見えることは非常に少ない。

 政府が介入を行うと、一時的に為替レートが影響を受けるように見えることがあるが、少し時間がたってみると、そうした介入の効果もどこかへ行ってしまう。

 経済学の世界では、外国為替市場への介入だけで為替レートの動きに大きな影響を及ぼすことは難しい、という考え方が通説だ。1日に約4兆ドルという取引が行われている外国為替市場で、政府が数億ドルの介入をしたからといって、たいした影響があるはずはないのだ。

 日本の政府が保有している外貨準備は1兆ドルである。1日4兆ドル、1カ月で100兆ドルもの外為市場での取引に比べ、介入資金の規模はあまりにも小さい。

為替レートに影響を与える「シグナル効果」とは?

 ただ、為替レートは金融政策の動きには敏感に反応する。これも経済学の世界では通説となっている。

 金融緩和で金利が引き下げられていけば、それはその国の通貨を引き下げる要因となる。理論的には、外国為替市場への介入そのものより金融政策のほうが為替レートへの影響が大きい。

 外国為替市場への介入は、金融政策と深い関係がある。中央銀行や政府がドル買い(円売り)をして円高を阻止しようとしたとき、それは外国為替市場でドルを購入して円を売ることである。通常は、こうして市中へ放出された円資金を債券売却などによって吸収するので通貨量に影響は出ない。これを不胎化介入という。

 しかし、そうした不胎化をしなければ、ドル買い介入は自国通貨を拡大させることになる。スイスの介入などは、そうした性格を強く持つ。

 自国通貨が切り上がることを防ぐために、政府や中央銀行が強い介入姿勢を持っているときには、中央銀行はそれを支えるために金融政策を緩和方向に持っていく傾向がある。政府と中央銀行はいろいろな形で協調姿勢を取る。

 だから、政府がドル購入という介入を積極的に行っているときには、中央銀行も金融媛和姿勢を取るという予想が広がる。つまり、介入政策は金融政策の動きのシグナルとなる。

 こうしたシグナル効果があるので、大胆な外国為替市場介入は為替レートに影響を及ぼす可能性が出てくる。

 もちろん、主要先進国の財務相や中央銀行総裁が協議するG8やG20の会合で為替レートについての合意が形成されれば、それは主要国の政策運営に影響を及ぼすことにもなる。そこで、市場はそうした会合の成果に強い関心を持っており、為替レートもそれで影響を受けることになる。

 

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アメリカはドル安を狙っているのか?

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