伊藤元重先生の「円高・円安」特別講義
2012年10月09日 公開 2022年11月02日 更新
アメリカはドル安を狙っているのか?
あからさまに「ドル安でいい」とはいえないアメリカ政府だが…
下の図に、リーマンショック前後の円ドルレートの動きを示してある。
リーマンショックの頃は1ドル=110円前後であったものが、2011年10月には75円台にまで円高に進んでいる。米国の中央銀行である連邦準備銀行が大胆な金融緩和政策を取り、米国の金利が以前に比べて大きく下がったことが、ドル安を演出する上で重要な役割を果たしている。
米国政府や中央銀行の担当者はドル安を意識して演出しているわけではない。
ドルが安くなれば、米国の消費者が海外から購入する商品は高くなる。とりわけ米国経済にとって重要な原油価格は、ドル安になるほど輸入価格は高くなる。米国の政府関係者がドル安はよい、とあからさまに発言できるはずはない。
ただ、市場は米国がドル安を暗黙の内に期待していること、あるいはドル安を容認していることを感じ取っている。こうした市場の読みが、ドル安方向への為替の動きの1つの要因ではある。
リーマンショック後の厳しい経済情勢の中で就任したオバマ大統領は、5年間で米国の輸出を倍増するという発言をした。輸出を増やすことで国内景気を刺激したいという思いが強く出ている発言である。
リーマンショック前、世界経済は空前の拡大を続けたが、それを支えたのは米国国内の旺盛な消費や投資であった。生産能力や所得を超える高い国内支出を続けてきた米国は、それだけ貿易収支や経常収支の赤字を増やしてきた。
グローバルに見れば、貿易黒字を出している中国や日本が米国の国債などを積極的に購入することで、米国の財政赤字や経常収支赤字をファイナンスする。その借金が米国の旺盛な消費や投資を支え、それが結果的には世界の景気を牽引することになる。中国や日本も輸出を拡大させるということでその恩恵を受けてきた。
ただ、リーマンショックは、こうしたグローバルレベルでの不均衡(インバランス)を永遠に続けることができないことを示した。
米国の旺盛な需要拡大はサブプライムローンなどに象徴される、不自然な不動産バブルによって支えられるものでもあった。
バブルはいずれクラッシュを起こす。世界経済は厳しい影響を受けた。
アメリカが人民元切り上げにこだわる理由
リーマンショックから立ち直るためには、米国が世界の需要を一手に引き受けるのではなく、中国や日本や欧州などが米国の財サービスをもっと購入するような、バランスのよい世界経済にする必要がある。
多くの専門家はそう考えるし、米国が輸出を拡大することで景気拡大を目指したいと考えることの背後にも、そうした見方がある。
そのためには、米ドルが下がることは有効である。そして、中国の人民元の切り上げが行われることが好ましい。
そう考える米国が、中国の人民元切り上げに強くこだわるというのは、当然なのかもしれない。
ドル安がどこまで米国の輸出を拡大させるかは不透明である。また、中国が米国の思惑通りに積極的に人民元を切り上げていくのかも怪しい。
ただ、米国のみが世界の需要を支えてきたというグローバルインバランスがどう修正されていくのかということは、今後の世界経済を見る上で重要な論点である。
伊藤元重
(いとう・もとしげ)
東京大学大学院教授、総合研究開発機構(NIRA)理事長
東京大学経済学部卒。1979年米国ロチェスター大学大学院経済学博士号(Ph.D.)取得。専攻は国際経済学。1996年より東京大学大学院経済学研究科教授、2006年2月より総合研究開発機構(NIRA)理事長、現在に至る。2007年から2009年まで東京大学大学院経済学研究科研究科長(経済学部長)。
『ゼミナール現代経済入門』(日本経済新聞出版社、2011年)『危機を超えて――すべてがわかる「世界大不況」講義』(講談社、2009年)『キーワードで読み解く経済』(NTT出版、2008年)『伊藤元重の経済がわかる研究室』(編著、日本経済新聞社、2005年)『ゼミナール国際経済入門 改訂3版』(日本経済新聞社、2005年)『はじめての経済学(上・下)』(日本経済新聞社、2004年)『日本と世界の「流れ」を読む経済学』(PHPビジネス新書、2012年)など著書多数。
◇書籍紹介◇
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