『PHPビジネスレビュー松下幸之助塾』2012年11・12月号 8より
自分は経営者の資質に欠けていると思うことがあります
問
経営トップに就いて数年が過ぎました。しかしいまだに自分は経営者としての資質に欠けているのではと思うことがあります。経営者がもつべき資質や条件はたくさんあろうかと思いますが、松下さんが特に大切だとお考えになるものは何でしょうか。
答
経営者として必要な資質・条件はいろいろ考えられますね。たとえば統率力、決断力、実行力、あるいは先見性、さらには徳というような人格的なものなど。
それで経営者である以上、完全無欠はもちろん望めないにしても、そういう要件はある程度ずつはもっていなくてはならないと思うんです。先見性はあるけれど、決断力に乏しいというようなことでは経営者としては失格ですから。
しかし、何がいちばん大切かということになると、私は経営理念ではないかと思います。企業は存在することが社会にとって有益なのかどうかを世間大衆から問われていますが、それに答えるものが経営理念です。つまり、経営者はほかから問われると問われざるとにかかわらず、この会社は何のために存在しているのか、そしてこの会社をどういう方向に進め、どのような姿にしていくのかという企業の基本のあり方について、みずからに問い、みずから答えるものをもたなくてはならない。いいかえれば、確固たる経営理念をもたなくてはならないということです。
さきに経営者として必要な条件をいくつかあげましたが、結局そうしたものも、正しい経営理念があってこそほんとうに生きてくるのではないでしょうか。たとえば決断力です。最高経営者にとって、次々と起こってくる問題に適切な決断を下していくことは不可欠の重要事です。経営者が決断しなくては物事が進まないし、誤った決断をすれば会社そのものを危うくすることもあります。けれども、経営者として最後の決断を下すのは実に孤独な仕事ですね。
それほどの孤独感を味わいながら決断を下していく根拠は何かということですね。もちろん、損得といいますか、いわゆるソロバン勘定はするでしょう。しかし、日常の小さな決断はそれでもいいけれど、最高戦略はそれだけではいけない。やはり何が正しいかということに立脚することが大切ですし、その根底をなすものは正しい経営理念ですね。常にそれに照らして判断を下すということです。
これは頭で考えたものでは本物にはなりませんね。やはり、その人の人生観なり、人間観、世界観といった奥深いところに根ざしたものであることが大切です。つまり、その人の人間そのものから生まれてきたといいますか、いわば血肉と化しているというほどでなくてはいけません。どんな立派な内容でも単に言葉の上でのお題目にすぎない経営理念では、生きた経営力には結びつかないと思いますよ。
〔1980・PHP文庫 『松下幸之助の経営問答』より〕