社長に求められる一番大事なものは時代観
2012年11月07日 公開 2024年12月16日 更新
朝、風呂に入りながら、本や新聞を読んで考える。プールで泳ぎながら、あるいはルームランナーで走りながら考える。社長室で考える。帰宅後も、寝る直前まで考え続ける。
金融自由化前の、対面営業の廃止と通信取引特化、株式保護預かり料の無料化、店頭株手数料の半額宣言、そして、自由化後のネット証券への転換などで証券業界に革命を起こした「兜町の異端児」は、実は静かにひたすら考える「瞑想する社長」だった──。
「企業の最大のリスクは社長の頭の中にある」という松井社長の頭の習慣を語ってもらった。(取材・構成江森孝 / 写真永井浩)
※本稿は『PHPビジネスレビュー松下幸之助塾』(2012年11・12月号 Vol.8)より一部抜粋・編集したものです。
社長の仕事は瞑想すること
社長の仕事は考えること、瞑想することだというのが私の持論です。社長がやるべきことは、きわめて哲学的なことです。部下が持ってきた選択肢からどれかに決めるのが社長の仕事だという人もいると思いますが、私は全然違うと思います。
社長に求められる一番大事なものは時代観。これに尽きます。時代はどんどん変わりますから、参考図書はあっても、「今はこういう時代だ」と教えてくれる書物などありません。考えて考えて考え抜いて、時代観を自分の頭で構築するのが社長の仕事です。
たとえばこういうことです。20世紀初頭にT型フォードが生まれて大量生産・大量消費の時代が始まり、100年続いた。長く自動車業界世界一に君臨したGM(ゼネラルモーターズ)が2009年に倒産したのは、大量生産・大量消費の100年の時代に終止符が打たれたからで、代わりにトヨタが……というような小さな話じゃない。言ってみれば“資本主義の形”が変わるんじゃないか。じゃあ、新しい資本主義って、いったいどういうものなんだろうか──。
こういうことを考えて考えて考え抜いた上で、自分が納得できる時代観を構築し、それに合わせてビジネスモデルをつくりあげるのです。
だから、結果はそう簡単には見えてきません。やはり10年、20年くらいたって初めて「あのときの自分の時代観は正しかったのだ」と分かる。その意味では、実際にはなかなかむずかしいでしょうが、20年ぐらいは社長をやらないと、その真価は問えないと思います。
松井証券は1998年にインターネットを通じた株取引を日本で初めて本格的に取り扱うようになって、「これからはネットの時代だ」などと世間で騒がれましたが、私自身はそろそろこのビジネスモデルは終わると思っています。デフレ時代の典型のようなモデルですから。
今ふり返って、より本質的に正しかったなと思うのは、90年に外交営業をやめる決断をしたことです。「営業というコストはほんとうに必要なのか、お客様が求めているのか」と考え続けた結果、「高度成長のときとは違う。日本人は物理的な〝物〟ではなく、もっと抽象的で精神的なものを求めている」ことに気づきました。「それはお客様固有のものであり、押しつけてはならない。ビジネスも、供給者中心の『天動説』から、消費者中心の『地動説』へのコペルニクス的転回が必要だ。顧客第一主義ではなく顧客中心主義だ」と。そして、それが金融の分野では何かと考えてたどりついた答えだったのです。
社長をやっていて思うのは、竹をスパッと割るような決断なんてできないということです。決断が正しかったかどうかは、やってみなければ分からない。間違えることもあります。でも、やはりムダなことはしたくない。だから考えて考えて考え抜く。そして「これだけ考えたのだから、神様も許してくれるんじゃないか」と割り切る。社長の決断とはそんなものです。したがって、優柔不断は決して悪いことではない。それだけ一所懸命考えているということだから、むしろ大事なんです。
決断して出した指針なり方針は、複雑なものではダメです。削いで削いで削ぎ抜いて、子どもにも分かるような言葉で話せるシンプルなものでないといけない。今までの経験からすると、いい決断とはそういうものだと思います。
直感も大事です。そして、自分が下した決断にあまり固執しないことです。その意味では、朝令暮改はとても大切です。直感で決めたら、間違えることもある。間違えたら素直に改めればいいのです。
松井道夫(まつい・みちお)
松井証券社長。1953年長野県生まれ。旧姓務台(むたい)。1976年一橋大学経済学部卒業後、日本郵船に入社。1987年義父の経営する松井証券に入社、1995年4代目の社長に就任。次々にくり出す大胆な経営改革で大きく躍進、個人の株取引ではトップクラスの証券会社になる。2001年東証一部上場。著書に『おやんなさいよでも つまんないよ』(日本短波放送)、『みんなが西向きゃ俺は東』(実業之日本社)、『好き嫌いで人事』(日本実業出版社)など。