世の中にはたくさんの名言や迷言、奇跡のような出来事が存在します。でもそれだけではありません。誰かの何かのきっかけになる言葉だったり行動は十人十色存在していて、それは飾らない何気ない言葉や行動だったりもします。誰がどんな言葉や出来事できっかけをもらったのか、些細なことから大きな出来事までさまざまな分野で活躍されている皆さんに伺いたいと考え、実際に伺ってきました。
第4回としてお話を伺ったのは、落語家の三代目 桂枝太郎さん。落語芸術協会の会長や笑点などで活躍された故・桂歌丸さんの最後の弟子です。
桂枝太郎さん自身も各寄席の主任や毎年独演会を開催するなど精力的に落語家として活躍される一方で、最近では単館上映中の映画『みんな笑え』の監修を務めるなど活躍の幅を広げられています。 今もご自身の心の糧になっているという桂枝太郎さんのきっかけになった言葉は、落語の師匠である桂歌丸さんから真打昇進のときに掛けられた言葉でした。
落語家・真打昇進時にあった葛藤
上方落語と江戸落語で少し違いが存在するのですが、江戸落語では、一人前の落語家として認められるまでには前座・二ツ目・真打と段階を踏む必要があります。桂枝太郎さんは1996年に桂歌丸さんに弟子入り。その後、前座・二ツ目、そして2009年に真打に昇進となります。
落語家として一人前と認められる真打。その真打昇進は落語家にとっては、たとえば相撲界における昇進、襲名のような一世一代の晴れの舞台であったりします。そんな晴れ舞台ということもあり、落語家の真打昇進については、2000年代の落語芸術協会では基本的には2~3名程度行われることが通例でした。
しかし、桂枝太郎さんが真打昇進を果たした2009年、所属する落語芸術協会の真打昇進は桂枝太郎さんのほかに、三遊亭遊喜さん・春風亭鯉枝さん・橘ノ杏奈さん・瀧川鯉太さんと合わせて5名が同時に真打昇進となりました。 この決定に対して桂枝太郎さんは正直かなり憤ったといいます。たしかに同時に真打に昇進するのが2名と5名とはまったく注目度が違ってきます。
それがたまたま自分が真打になるタイミングで5名ということで桂枝太郎さんは「在庫一掃セールかよ」と腐りかけていました。そのときにそれを思いとどませ、後にずっと桂枝太郎さんが自分の胸に抱くことになる言葉を、桂枝太郎さんの師匠である桂歌丸さんから聞かされたのでした。
落語家は一生の勝負
桂歌丸さんが葛藤していた桂枝太郎さんに伝えた言葉は「落語家は一生の勝負。落語家のゴールは死ぬとき」でした。そしてまさにその言葉を体現してみせたのが師匠である桂歌丸さん自身でした。
桂歌丸さん自身も同期に五代目三遊亭圓楽さん・立川談志さん・古今亭志ん朝さんに柳家小三治さんなど錚々たるメンバーがおり、出る隙間さえなかったといいます。しかも桂歌丸さん自身、真打昇進に至っては後輩である七代目春風亭柳橋さんや三遊亭遊三さんに抜かれていました。
しかし、その後の桂歌丸さんの活躍は周知のとおりです。同世代であった立川談志さんや古今亭志ん朝さん、五代目三遊亭圓楽さんよりも長生きし、後年には三遊亭圓朝師匠の作品を後世に語り継ぐことにも精力的に取り組まれていました。
また世間では笑点での司会で親しまれるなど、大器晩成を体現したような師匠の活躍に桂枝太郎さんは大いに勇気づけられました。まさに落語家は一生の勝負であり、「長生きも芸のうち、絶対に腐るな」という師匠の想いは、弟子である桂枝太郎さんに引き継がれました。
さらに後輩へと師匠の言葉を受け継いでいく
まさに「落語家は一生の勝負だから」を体現していた師匠の言葉があったからこそ、桂枝太郎さんは今日まで葛藤はあったものの全く腐るようなこともなく、入門してから30年近く落語家として歩んでこられていると語ります。
そして今でも師匠である桂歌丸さんの言葉は心に響き続けています。
落語家にとって芸歴30年はまだまだキャリアとして若いほうだといいます。その30年のあいだにはTVドラマなどの影響による落語ブームが起こった一方、コロナ禍などで寄席で落語をすることが出来なくなるなどの危機が起こったりと様々なことがありました。
そんな状況の中でも桂枝太郎さんは、焦りもしない代わりに、腐ることもないと言い切ります。 そして桂枝太郎さんは、今度は師匠に教わったこの「落語家は一生の勝負だから」という言葉を後輩に伝えるべく、後輩の真打披露の場で「落語家は一生の勝負」だと伝えています。 最後に桂枝太郎さんは、師匠である桂歌丸さんのように70代後半で花開くようなことも、落語家を一生の仕事にしていればある可能性があるといいます。
若いときは同期の活躍に焦りもあったといいますが、今は泰然自若な様で、一生落語家をご自身のテーマとして日々落語に取り組まれています。「最後には人間国宝になってるかもしれません(笑)」そう笑って今日も高座に上がります。