1. PHPオンライン
  2. 社会
  3. 日本の製造業が弱い理由とは? DXの前に取り組むべき課題

社会

日本の製造業が弱い理由とは? DXの前に取り組むべき課題

那須直美(インダストリー・ジャパン代表)

2025年08月18日 公開

2011年にドイツ政府が産業政策「Industry4.0(インダストリー4.0)」を発表したことで、世界の主要各国が「第4次産業革命」を意識し始めました。この中で、欧米や中国と比較して、デジタル化の遅れが指摘されている日本はどのように変化することが求められているのでしょうか。書籍『機械ビジネス』より解説します。

※本稿は、那須直美著『機械ビジネス メカ好きな人から専門家まで楽しく読める機械の教養』(クロスメディア・パブリッシング)を一部抜粋・編集したものです。

 

「インダストリー4.0」で何が変わるのか

国民が物質的な豊かさを追求した時代、製造業では工場の増設や新設が盛んに行われ、見込み受注による大量生産で新商品の市場投入がなされていました。しかし、バブル崩壊後は製造業も規模拡大経営を見直し、膨れ上がった債務・設備・雇用の3つをスリム化し、事業を再構築する必要がありました。

1990年代は顧客ニーズにも変化が起きました。生産体制も変化の激しい時代に対応するため、多品種少量生産に入るとともに、過剰在庫の調整にも取り組みました。

そして、閉塞感の打開にもがき苦しんでいた2011年に、製造業界に突如として現れたトレンドワードがあります。ドイツの国家プロジェクトであり、「スマート工場」を目的とした「インダストリー4.0」です。

スマート工場のコアとなるのは、人や機械などがお互いにつながる(通信する)ことで、「各製品がいつ製造され、どこに納品されるか」などの情報を共有しながら、製造工程をスムーズにすることです。この技術が進めば、自動化・省人化・省力化が実現し、多品種少量生産でも効率よく生産できるメリットがあります。

インダストリー4.0が提唱されたあと、フランスの「未来産業(Industrie du Futur)」、中国の「中国製造2025」など、世界の主要国が明確な旗を立てて、立て続けに「ものづくりの未来」についてアピールする動きが出てきました。

日本も2017年に、わが国の産業が目指す姿として、「コネクテッド・インダストリーズ」というコンセプトを世界に発信しています。

第4次産業革命を意識した新たな方針である「コネクテッド・インダストリーズ」の鍵を握る技術としては、①IoT、②ビッグデータ、③ロボット、④AI、の4つが挙げられています。

日本発のこのコンセプトは、4つの技術を強化しながら、データを介して機械・技術・人などさまざまな要素がつながることで、新たな付加価値創出と社会課題の解決を目指す産業のあり方を指します。また日本では、これらと同様の手法を活用した「Society5.0」(超スマート社会)という目標があります。

「Society5.0」は、狩猟社会(Society1.0)、農耕社会(Society2.0)、工業社会(Society3.0)、情報社会(Society4.0)に続く新たな社会と位置づけられています。

その未来の社会像は、持続可能性と強靭性を備え、国民の安全と安心を確保するとともに、1人ひとりが多様な幸せ(well-being)を実現できる社会を目指しています。第4次産業革命は大きな「技術・産業の変化」ですが、「Sosiety5.0」は大きな「社会の変化」を意味しています。

現在、世界中で地政学リスクが顕在化し、機械工業もSDGs(持続可能な開発目標)への対応や産業構造の変化、エネルギーコストの上昇、少子高齢化・労働人口減少など課題が山積みです。

各産業のニーズも多様化・複雑化し、これらを解決に導くためには、機械工業のデジタル化やさらなる最先端技術の開発は必須です。現在、中国をはじめとする新興国では、機械工業が急速に発展していますが、日本では今、各産業も含めて社会全体のシステムが変わろうとしているのです。

 

製造業がDXに取り組むよりも大切なこと

産業ニーズの多様化に対応するには、デジタル化が重要な役割を果たしますが、日本では残念ながら米国や欧州、中国の企業と比べて、デジタル化の遅れが指摘されています。データは蓄積することでビッグデータとなり、そのビッグデータをAIやIoTなどのデジタル技術とかけ合わせることで、DX推進へとつながっていきます。

そのためには、サーバーや通信回線、機器類などを含め、設備投資をして環境を整えるための莫大な費用が必要になります。

また、DX用に欠かせないのは、IT人材です。経済産業省がIT人材の供給モデルを構築し、既存の統計調査のデータをもとにIT人材の推計を行ったところ、平均年齢は2030年まで上昇の一途をたどり、高齢化の進展が予想されるとのこと。

99%以上が中小企業の日本は、労働集約型の産業が多く、人手不足が深刻化しており、2030年までのIT人材不足数を推計すると、将来的に40万~80万人規模で不足が生じる懸念があるとされています。

なお、聞いた話ですが、町工場の経営者にDXについての現状をお尋ねしたところ、「うちはDXをしています」と話されていたので、「では、どんな点についてDXを推進しましたか」と質問してみると、「タイムカードを廃止した」という答えが返ってきたと言います。この話を受けて、日本の製造業にはDXがまだまだ浸透していないことに気づかされました。

ただ、DX化よりもさらに重要な点があります。

日本発の素晴らしい技術を搭載した商品はたくさんありますが、国際競争は熾烈を極め、生き馬の目を抜くスピードで競争相手はやってきます。すでに多くの産業は国を超えてつながっていますが、どんなに素晴らしい製品も、国際標準を満たしていなければ、海外展開が難しい場合もあります。日本の製造業が弱い理由は、この「国際標準化への対応」にあるのです。

海外の機械産業を見てみると、日本と比較されやすいドイツ企業では、機械産業の「デジタルマニュファクチャリング」が進んでいます。これはデジタル技術の活用により、サプライチェーン全体を効率化していることを意味しています。

また、ドイツの製造業ではシミュレーションが不可欠とされています。新製品を作る場合、デジタルデータがなければ、そもそも相手にされないこともあるようです。

こうしてドイツの製造業におけるデジタル戦略が進んでいけば、同国が自動化を牽引し、他国もそれに追随するかもしれません。そうなることで、自動化したスピーディーで高能率なサプライチェーンや、それに関連した国際標準に、日本は遅れをとってしまう可能性があります。

ちなみに、ドイツの社会インフラにおけるデジタル化は、これとはまた別の話で、あまり進んでいないと言われています。実際、ドイツ企業に勤める方からは、日本と同レベルだという話をよく聞きます。また各種の調査でも、政府機関のデジタル化や電子決済の進展度、インターネット回線の平均速度などは、欧州で中位から下位に位置しています。

世界を相手にビジネスをしていくならば、日本はDX化に取り組むよりも前に、国際標準化について真剣に考えなくてはならないでしょう。

 

関連記事

アクセスランキングRanking