夫を亡くし、自らも下半身麻痺に...「何もできない自分」に自信をくれた娘の一言
2025年07月31日 公開
カウンセラーの岸田ひろ実さんは、40歳で大動脈解離を経験。一命は取り留めましたが、胸から下に麻痺が残り、歩くことができなくなってしまいます。絶望の最中、娘の岸田奈美さんのある一言がきっかけで前を向けるようになり、それからカウンセラーの道を志したそう。岸田さんが大切にしている、どんな状況であっても自信を持つための考え方とは?
※本稿は、月刊誌『PHP』2024年8月号より内容を抜粋・編集したものです
※写真はイメージです
「できない」ことばかりの現実に絶望
「息子がダウン症で、夫が39歳で亡くなって、自分は生きるか死ぬかの病気をして歩けなくなるなんて最強やん」
娘の奈美に言われた言葉です。そのあとには、こんな言葉が続きます。「めっちゃ人の役に立ってるで」。
そう、一時は「何もできなくなった」と絶望していた私が、今はカウンセラーとして人の話を聞いたり、講演やコンサルタントとして人前で話したりしています。それは、私が強いからでも悲しみを乗り越えたからでもありません。自分を信じられるようになったからです。
今年29歳を迎える息子の良太がダウン症だとわかったときも、夫が心筋梗塞で急逝したときも、大きな衝撃を受けました。
それでも、息子のときには夫とともに育てていこうと思えたし、夫が亡くなったときは中学2年生と小学5年生だった奈美と良太を育てていかねばという強い思いが、私を支えてくれました。
22歳で結婚してからずっと専業主婦だったので、仕事を始めたら悲しむ時間もないほど大変でしたが、それでも自分が動けばなんとかなります。
近所の整骨院で受付として働くことになり、毎朝5時半に起きて朝食を作って、子供たちを送り出してから出勤。土日は整体の勉強に没頭しました。患者さんと顔見知りになるにつれ、体の不調だけでなく人生相談まで受けるようになり、「知識や技術を身につけて、もっと患者さんの力になりたい」と考えたのです。
大動脈解離で倒れたのは、そんな矢先でした。心臓の太い血管が剥がれていく、致死率50パーセントの病気です。子供たちがすぐに救急車を呼んでくれたので、私は一命を取り留めました。けれど、胸から下に麻痺が残り、一夜にして「一生歩けない体」になったのです。胸髄損傷による両下肢機能全廃。当時まだ40歳でした。
麻痺した体は鉛のように重く、自分の体とは思えません。こんな体では年ごろの娘と障害のある息子の食事を作ることもできない。自分のことすら人のお世話にならなければいけない。「できない」ことばかりの現実に直面して深く絶望しました。
「もう少しだけがんばって生きてみてよ」
それでも子供たちの前では弱音を吐くまいと我慢していましたが、ある日とうとう言ってしまいました。「こんな状態では母親としてしてあげられることは何もない。もう死にたい」と。
大変な覚悟で絞しぼり出した「思い」でしたが、口に出した瞬間に悔やみました。わが子になんということを言ってしまったのかと。ところが奈美はあっけらかんとこう言ったのです。
「ママ、死にたいなら死んでもいいよ」。耳を疑いましたが、この言葉には続きがありました。
「でも逆を考えてよ。もし私がママと同じ病気になったら、ママは私のことを面倒くさいと思う?」もちろん、思うわけがありません。「それと一緒。歩けなくても寝たきりでもいい。ママに代わりはいないんだから。私を信じて、もう少しだけがんばって生きてみてよ」。
押し殺していた気持ちを思い切って吐き出し、予想もしていなかった娘の言葉を聞いて、心がリセットされました。そして生きるために何が必要か、何ができるかを考えようと思い始めました。生き方が大きく変わった瞬間です。
私が絶望した最大の理由は、何一つ自分でできなくなったことです。でも冷静に考えてみれば、私にもできることはありました。「部屋を片付ける」「本を読む」「お茶を淹れる」。そしてもともと大好きだった、人とのおしゃべり。
入院中から、私の病室にはお見舞の友人から看護師さんや理学療法士さんなど病院のスタッフまで、入れ替わり立ち替わりやってきました。みんな雑談や人生相談をして、すっきりした顔で帰っていきます。「大変な経験をした岸田さんなら、相談に乗ってくれるだろう」と思われたようです。
冒頭で紹介した奈美の言葉は、そんな様子を見たからでした。そこから「カウンセラーになる」という夢が生まれ、心理学を学び始めました。
すぐできることをやってみる
最初はささやかなことでいいのです。ささやかでも「やりたい」が「できた」になったとき、心に達成感が満ち、自分への信頼感が生まれます。それが「自信」です。
今、私たち家族はそれぞれに離れて暮らしています。時間はかかるけれど身の回りのことはほとんどできるし、人に助けてもらうのも上手になりました。昨年末にはホノルルマラソンの10キロに家族で挑戦して完走。歩けなくなった直後には想像もしていなかったことです。
今、私は幸せだと胸を張って言えます。とはいえ、落ち込むときはあります。生きている以上、当たり前ですよね。そんなときは、「今したいこと、すぐできること」をして達成感を味わい、「私は大丈夫 」と自信を持つようにしています。
人生には思わぬことが起こります。生きる意味を見出せなくなることもあるでしょう。そんなときは今すぐしたいこと、できることをしてみてください。
散歩した、本を読んだ、誰かとおしゃべりした......小さな「できた」を積み重ねた先に、きっと自分だけのたしかな自信が生まれると思います。
【岸田ひろ実(きしだ・ひろみ)】
1968年大阪市生まれ。ダウン症で知的障害のある長男の誕生、39歳だった夫の急逝、さらに自身が大動脈解離で受けた手術の後遺症によって車椅子生活になる。リハビリ中から心理学を学び始める。2011年、娘・奈美が創業メンバーである株式会社ミライロに入社し、同社主催講演などの講師を務めていた2020年、感染性心内膜炎で再度の心臓手術を受ける。現在は退社し、カウンセラーの他講演やコンサルティングなどフリーランスで活動中。著書に『人生、山あり谷あり家族あり』(新潮社)、『ママ、死にたいなら死んでもいいよ』(致知出版)。