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生き方

ウズベキスタンの“青の都サマルカンド”で聞いた「消えた幻の民族」の謎

白石あづさ

2025年08月21日 公開


光を放つティラカリ・メドレセ ©Azusa Shiraishi

アジアのど真ん中にあるのに、日本では知られていない中央アジア。

しかし、かつてシルクロードの要衝の地だったカザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、キルギスの5か国には、燃え続ける巨大な穴や古代テチス海の生んだ白い絶景のほか、荒地に忽然と出現した未来都市など多くの魅力に溢れています。

フリーライター&フォトグラファーの白石あづささんは、この5か国を2か月かけてすべてめぐり、その魅力を紀行本『中央アジア紀行 ぐるり5か国60日』に著されました。本稿では、青の都と呼ばれるサマルカンドと幻の民族・ソグド人について紹介します。

※本稿は、白石あづさ著『中央アジア紀行 ぐるり5か国60日』(辰巳出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

「青の都」と呼ばれるサマルカンド


夕暮れのレギスタン広場 ©Azusa Shiraishi

ウズベキスタンの首都タシケントから南西に300キロの距離にあるサマルカンド。
紀元前10世紀から発展し、シルクロードのオアシス都市として栄えた古い都で、1370年から1507年にかけてこの地域を支配したティムール朝の首都として繁栄した。

当時、建てられたラプスラズリ色の美しいモスクが点在するサマルカンドは「青の都」と呼ばれて、今日も多くの観光客でごった返している。

私はガイドのアリさんとともに、その最大の見どころといってもいい、15世紀から17世紀にかけて造られた3つのメドレセがそびえるレギスタン広場へと向かった。

 

トラの背中に乗ったおじさんの顔?

一番、観光客に人気があるのは真ん中(北側)のティラカリ・メドレセだ。ティラカリとは「金で覆われた」という意で、修復時に3㎏もの金がドーム内に使われたそうだ。ミフラーブが直視できないほどの輝きを放っており、建物自体が宝石箱のようである。    

私が気になったのは東側のシェルドル・メドレセのアーチのタイル絵だ。トラにしか見えないライオン(タジク語でシェル)の背中に、後光が射したムチッとしたおじさんの巨大な顔が乗っている。

日本の鵺にも似た、一度見たら夢に出てきそうな奇妙な合体生物......それがまたなぜか鹿を追いかけている。イスラム教では動物や人など偶像を描くのは禁止されているはずでは?

「珍しいですよね。ライオンは学生、鹿は知識、太陽は幸せを表しています。学生は永遠に知識を追い求めよ、という教訓です」

日本語ガイドのアリさんがそう教えてくれた。だが、おじさんの顔には特に意味がなく、当時の権力者の自己顕示欲らしい。こんなこと、未来人に笑われるくらいならライオンだけで良かったのに。

 

私はタジク人なんですよ


サマルカンドの市場 100以上の民族がともに暮らす  ©Azusa Shiraishi

それから、私たちはアリさんおすすめのプロフ専門店「アフマジョン・ルクス・オシュ」へと向かった。

店員のおじさんは、アーチに描かれたムッチリ顔にちょっと似ている。よくある顔なのだろうか。彼の顔をチラチラと見ながらプロフが運ばれてくるのを待っていると、アリさんが口を開いた。

「サマルカンドの後、どこに行くんですか?」
「国際列車でタジキスタンへ向かうんです」
「え~、私はタジク人なんですよ!」

アリさんは手を組んで身を乗り出した。チュルク(トルコ)系諸民族が多い中央アジアでタジキスタンだけが唯一ペルシア(イラン)系民族の国家であるが、アリさんはタジキスタンから移住したわけではなく、先祖代々、サマルカンドで暮らしているそうだ。

ソ連が崩壊した時、5か国はソ連時代に決められた区分を国境線として独立した。けれど大昔からたくさんの民族が行き交い共存して暮らしてきた中央アジアでは、民族ごとに国が分けられるはずもなく、実際、タジキスタンに近いサマルカンドには何十もの民族が混在しているという。

アリさんの声が少し低くなった。
「実は私たちタジク人のご先祖(の一系統)はソグド人だと言われています。今のウズベキスタンやタジキスタン、そしてイランの一部も入るくらい巨大なソグディアナと呼ばれる土地があったんですよ。その中心がブハラやサマルカンドでした。ですから特にここにはタジク人が多いのです。サマルカンドができるよりもっと前、2750年前にアフラシャブの丘にマラカンダという巨大な都市を作ったのも、シルクロードの交易を担っていたのもソグド人です」

ソグド人? そういえば、サマルカンドの前に滞在していたブハラの女性ガイドさんからそんな民族の名前を聞いたような気がする。ブハラから乗った特急の名前はアフラシャブ号であったことを思い出した。

紀元前4世紀にマケドニアから遠征したアレクサンドロス大王も褒め讃えたほど美しい都だったと聞いて、後日、遺跡「アフラシャブの丘」を訪れたが、「兵どもが夢の跡」といった殺風景で荒涼とした丘であった。

 

消えた幻の民族 ソグド人


ウズベキスタンの国民食、プロフ ©Azusa Shiraishi

アレクサンドロス大王やチンギス・ハーンの侵略だけではなく、7世紀に来たアラブ人に改宗を迫られ逃げたり、交易でシルクロードを行き来しているうち、他国で定住したりと次第に人種も言葉も混ざり、純血のソグド人は消えてしまったのだという。

「でも、タジキスタンには幻の民族と呼ばれたソグド人の末裔が暮らしているんです。ヤグノブ人といってタジキスタンの人も行かない大秘境に今もソグド語に近い言葉を話しているそうです。ぜひそこに行って私の憧れの古い民族である彼らに会ってきてください。いつか私も行きたいです」

民族に古いも新しいもあるのだろうか。市職員のイルホム君も運転手のボティルさんもチュルク系のウズベク人だが、アリさんと同じ言葉を話し顔立ちも似ているし、全員イスラム教を信仰しており、見た目どころか話してみても何人かなんて私には分からない。

考え込んでいると大皿にプロフが運ばれてきた。プロフとはウズベキスタンの代表的な料理で、肉と野菜の炊き込みご飯のことで、亜麻仁油を使って炊く。黄色い人参をたっぷり入れるのがサマルカンド風だ。見た目よりもさっぱりしていてクミンが効いている。

「こっちはサービス」と出してくれた骨は、プロフと一緒に炊いた牛骨で、骨髄をほじって食べるのだそう。2つしかないので、アリさんと運転手さんにあげたが二人ともチュルチュルと啜っている。

島国で暮らしてきた私には、「民族」の感覚が未だつかめずにいた。アリさんが憧れるヤグノブ人の村を訪ねれば、そのぼやけた輪郭がはっきりしてくるのだろうか。

調べているうちに日本人とソグド人の意外なつながりも判明した。私はこの1週間後、タジキスタンに入国すると、ソグド人の末裔が暮らす秘境を目指し、断崖絶壁の続く大秘境を4WDとロバで向かうことになった。

 

【白石あづさ(しらいし・あづさ)】
日本大学藝術学部美術学科卒業後、地域紙の記者を経て約3年の世界一周旅行へ。世界100か国以上をめぐる。著書に旅エッセイ『世界のへんな肉』(新潮文庫)、ノンフィクション『世界が驚くニッポンのお坊さん 佐々井秀嶺、インドに笑う』『お天道様は見てる 尾畠春夫のことば』(ともに文藝春秋)など。

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