近ごろ「退職代行」という言葉を耳にする機会が増えてきました。かつてのように「退職は甘え」と捉えられる時代は過ぎ、いまでは若い世代を中心に"身近な選択肢"として受け止められています。ただ一方で、その手軽さが、人材不足に悩む企業には新たな課題となっているのも事実です。
株式会社Smart相談室でスーパーバイザーを務め、1級キャリアコンサルティング技能士や産業カウンセラーとして活躍する廣田純子さんが、部下が退職代行に至る前に管理職が気をつけたいことを解説します。
退職代行サービスの利用は年々増加、若年層の中では“現実的な退職手段の選択肢”に?
出典:マイナビ(2024年)「退職代行サービスに関する調査レポート」
退職代行サービスの利用者は年々増えています。マイナビの「退職代行サービスに関する調査レポート」によれば、退職代行を通じて社員が退職した企業の割合は、2021年に16.3%、2022年に19.5%、2023年に19.9%と上昇を続け、2024年(1月~6月)には23.2%に達しました。
出典:退職代行モームリ(2025年)「2024年度新卒者の退職代行の利用状況の調査」
また、「退職代行モームリ」を運営するアルバトロスの調査(*1)では、2024年度だけで21,104人がサービスを利用。新卒社員に限ると、GW明けの5月にピークを迎え、6月から8月にかけても多くの利用が集中していることが分かっています。
こうした数字からも、退職代行はもはや一部の特別なケースではなく、特に若い世代にとって"現実的な選択肢"として広がっていることがうかがえます。その背景には、終身雇用制度の形骸化や、「退職は甘え」といった価値観の変化があり、「辞める」という選択自体が社会的に受け入れられやすくなってきていることが挙げられます。
結果として、若い世代の間では「退職代行=悪いこと」という捉え方は薄れ、むしろ一つの手段として認識されつつあるのです。
退職者の半数以上が「本当の退職理由を伝えない」 退職代行サービス普及の背景
一方で、心のSOSを出せないまま限界に達してしまう人も少なくありません。アルバトロスが行った「2024年度新卒者の退職代行の利用状況の調査」によれば、新卒社員が退職代行を使う理由は、4~6月は「入社前の契約内容や労働条件とのギャップ」が中心でしたが、7月以降は「いじめやパワハラなどの人間関係」が最も多くなりました。
「上司が怖くて言えない」「相談できる人がいない」、そんな"辞めたいけれど伝えられない"若手社員の存在が、退職代行の利用を後押ししていると考えられます。
また、エン・ジャパンが2024年に公開した「本当の退職理由に関する調査レポート」では、退職経験者の半数以上が「会社には伝えなかった本音の理由がある」と回答。その中で最も多かったのは「話しても理解されないと思ったから」(46%)でした。実際に伝えられなかった理由としては、「人間関係の悪化」(46%)や「評価・人事制度への不満」(22%)が挙げられています。
出典:エン・ジャパン(2024年)『「本当の退職理由」調査』
退職代行を選ぶ背景には、"職場で本音を伝えることの難しさ"があります。『なんて言われるだろう』『どうせわかってもらえない』という不安や諦めから言葉を飲み込み、悩みを抱え込んでしまう若手社員は少なくありません。
実際には、小さな行き違いや思い込みがきっかけとなっているケースも多く、誰かに話すだけで気持ちが整理され、退職以外の選択肢に目を向けられることもあります。だからこそ、"なんでも話していい"と思える安心できる場を日常的に整えておくことが重要です。
そうした場がなければ、本来なら防げたはずの誤解や感情のこじれが積み重なり、"話していれば違ったかもしれない"関係の断絶を招いてしまいます。それは企業にとっても個人にとっても大きな損失になりかねません。
退職代行に至る前に管理職ができることは?
退職代行を利用する従業員の多くは、「もう辞めよう」という結論に至る前に、心の中で"言えないでいる気持ち"を抱えています。従業員と企業の間に立つ管理職がまず取り組むべきは、"社員が本音を話せる対話の場"を整えることです。
1.対話の場を用意する
若年層は特に悩みを抱えやすい世代です。業務への適応や人間関係でつまずくことが多く、気持ちを言葉にして伝える力も十分ではありません。だからこそ、普段の声がけに加え、定期的に短時間でも面談の機会を設け、業務のことや悩みを聞いて、対話できる場を用意することが重要です。
2.傾聴の姿勢を示す
社員との関わりにおいては、管理職の傾聴力やフィードバックの質が大きなカギとなります。一方的に指導するのではなく、まず最初に相手の考えや気持ちを聴いて、「そう思っていたんだね」と、しっかり受け止めることが重要です。そのうえで相互理解を大切にし、信頼関係を築こうとする姿勢を示すことが、安心して働ける環境づくりにつながります。
3.社外窓口の活用
対話の場を用意しているとはいえ、社内ではどうしても話しにくいこともあるため、従業員に対して社外の相談窓口の活用を促すことは有効です。第三者に打ち明けることで自分の考えや気持ちを客観的に整理でき、冷静に状況を捉え直すことができます。その結果、より適切な行動につなげやすくなります。
4.企業文化として根づかせる
従業員が本音を話すためには、制度を整えるだけでは十分とは言えません。日常的に「話してもいい」「相談してもいい」という風土を職場に根付かせることが大切です。従業員が職場でつながりや居場所感を実感できる環境は、退職代行に頼らざるを得ない状況を防ぐ大きな力となります。
従業員が抱える小さな悩みや言えない気持ちは、放置すれば退職という最終手段につながることもあります。だからこそ、管理職は日常的に本音を話せる場を整え、耳を傾ける姿勢を示すことが大切です。そうした環境があれば、従業員は自分の気持ちを整理し、より納得感のある選択をすることができます。
*1:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000024.000103965.html