松下幸之助が 「これからの政府」に望むこと
2013年01月30日 公開 2024年12月16日 更新
《特設サイト『松下幸之助.com』今月の「松下幸之助」 より一部を抜粋》
2012年末の選挙戦で「できることしか言わない」「できないことは言わない」と国民に訴えた安倍自民党政権がスタート。矢継ぎ早に経済面を中心として各政策が打ち出されていますが、この「これからの政府」に対し、国民は今後なにを望んでいくべきでしょうか――かつて松下幸之助はある要望を出していました。
松下幸之助は「これからの政府」になにを望んだか。自身が創設したPHP研究所において、政治・経済・教育といった各方面における日本のあるべき姿を考え続けた松下は、1948年から「PHPのことば」と題し、みずからが練り上げた思想・哲学を発表したなかで、こう明言しました(のちに書籍『松下幸之助の哲学』に収録)。
「すべての人が生き生きと仕事をはげみ、生活をたのしむようにするのが、政治の目的であります」
そして政治の使命について、こう記しました。
「自然の理から与えられている限りない恵みに感謝して、精神生活を営むところに宗教が生まれ、その恵みを物質生活に生かしていくところに経済があるのであります。そうしてその理を明らかにしていくところに学問の使命があり、これを躾けていくところに教育の使命があり、それらすべてをよく運行せしめてゆくところに政治の使命があると思うのであります」
さらに松下は、政治の使命・目的をになう「政府」のあるべき姿についても、みずからの考えを『PHP』1966年12月号で発表しています(のちに書籍『遺論 繁栄の哲学』に収録)。
こうした松下の発想の原点には、経営者としての成功体験があります。会社の基本方針は全員に徹底させるが、あとはできるだけ各人の責任において自由にやってもらうというのが松下流の経営であり、その実践が社員一人ひとりの成長、さらには会社全体の繁栄につながるという信念を松下は持っていました。この“経営”は国家レベルにおいても変わらず適用できると考え、当時の政府に要望したのです。そこに、国民の「自主的な活動を高めるよう配慮する」とありますが、いまでいえば「規制緩和」でしょう。
「やはり、政府のやるべき仕事は何であるか、国民のなすべき仕事は何であるかということを明確にし、そこに一つのはっきりとしたけじめをつけなければならない。すなわち国民は、民間でというか、国民みずからなしうることは、できるかぎりみずからこれを行う。政府は、国として大切なことで、国民ではなしえないことのみをとりあげて行う。簡単にいえば、こういうけじめを明確にすることが肝要ではないだろうか。その上に立って国民はみずからなすべきことは、責任をもって自主的にやる。政府もまた政府としてなすべきことに力を集中してやる。こういうことが、いわば当然のこととして考えられ、行われるという姿こそ最も望ましいと思うのである。
(中略)
災害対策とか社会保障というものは、国民の福祉のためには不可欠のものであって、政府が力強く行うべき大切な仕事であるといえるであろう。しかし、お互いの生活の安定とか繁栄というものについては、それを国民みずからが自主的につくり出さねばならない。それが自由を建前とする国家の原則だと思う。したがって、社会保障それ自体は必要であり大切なものであるが、これを実施するにあたっては特に注意しなければならない。つまり、政府は、あくまでも社会保障の本来の精神に立ってこれを行うことが大事であって、みずから自由に働くことのできる国民までが、社会保障によって生活の安定を得るのが当然と考えるような、いわば自主性を失った風潮を生むことのないよう注意しなければならないと思うのである」
「政府はお金の使い方・生かし方をよくよく考えよ」「国民は自立せよ」という松下の本音が聞えてきそうですが、この松下の要望を「これからの政府」において実現しようとしたら、その中心的役割を果たすであろう存在は、竹中平蔵氏などを起用、発足したばかりの「日本経済再生本部」、ならびにその傘下での「産業競争力会議」になるでしょう。
安倍総理が進める「アベノミクス」の核となる、インフレ目標を掲げた大胆な金融政策がおこなわれる際には、実体経済の力強い成長、雇用の拡大、賃金の上昇がともに実現されていかねばなりません。そのためにも、成長産業の強化を支援・促進する規制緩和はますます必要になってきます。
しかし当然ながら、規制緩和すればいいことばかり、ではありません。
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