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人は1日約5万回も意思決定をする? 即決型思考「ヒューリスティック」とは

池上彰 (フリージャーナリスト)

2025年11月12日 公開

日常生活は決断の連続。「買うか、買わないか」、「AとBどちらを選ぶか」。ちょっとしたものを買うときなら、直感的に判断することが多いでしょう。そこに「つい買いたくなる仕掛け」が施されているとしたら...?「ヒューリスティック」と呼ばれる即決型思考へ働きかける原理を行動経済学で解説します。

※本稿は、池上彰監修『なぜ人はそれを買うのか? 新 行動経済学入門』(Gakken)より一部抜粋・編集したものです。

 

弁当を買うのに熟考する人はいない

結婚や転職など人生の一大決心をするときと、コンビニでどのお弁当を買うか決めるとき。この2つの意思決定の思考が同じであるはずがありません。

通常、転職にあたっては、待遇や勤務条件、将来性、社風、人間関係など、さまざまな情報をもとに熟考を重ねます。自分で判断するだけでなく、先輩や友人に助言を求める人も多いでしょう。一方、コンビニ弁当を買うのに腕を組んで考え込む人はいません。「そうだな、昨日は焼肉弁当だったから、今日は幕の内にしようか」程度でおしまいです。

前者の熟考型思考を「システマティック」と呼ぶのに対し、後者の即決型思考が「ヒューリスティック」です。私たちはこの2つの思考を必要に応じて使い分けていますが、日常生活でもっぱら使っているのはヒューリスティックです。一説によると、人は1日に約5万回の意思決定をしているそうです。そのたびにシステマティックで考えていたら、時間はいくらあっても足りません。日常的に判断すべきことは、ヒューリスティックでパッパッと軽やかに処理しています。

だからこそ実際の人間行動を踏まえた行動経済学では、ヒューリスティックを論理的に理解することが重要になってくるわけです。

 

インフルエンサーのレビューが気になるのはなぜか

買い物をするにあたり、その商品の評価を知るべくネットでレビューを見る人は多いでしょう。それが必ずしも正しい評価を反映しているとは限りませんが、そのレビューの主がインフルエンサーであれば「これは」と、つい注目してしまいます。

その内容が一般的なレビューと変わらなくても、著名人が評価していると、説得力があり、妙に納得してしまう。その結果、その商品が信頼のおけるものに感じられる。

これは「ハロー効果」と呼ばれる心理作用によるものです。あるものを評価するとき、それがもつ際立った特徴や評価に引っ張られることをさします。好感度の高いタレントをCMに起用して商品のイメージアップを図るのは、ハロー効果の活用です。

著名人はすぐに思い浮かべることのできる存在ですから、こうしたハロー効果も利用可能性ヒューリスティックのひとつに分類されます。

 

「60代から」「杉並区にお住まいの方」対象を限定して呼びかける理由

たくさんの参加者が集まるパーティーでは、会場のあちこちで歓談の花が咲きます。
そんなとき、少し離れたところにいるグループの話題が耳に入ってくることがあります。こういう場合、聞こえてくるのは自分に興味のある話題です。ほかの話題は耳に入ってこないのに、なぜこうしたことが起きるのでしょうか?

じつは私たちには「選択的知覚」という能力がそなわっていて、さまざまな情報のなかで、その人にとって重要なもの、関心のあるものだけを選んで知覚し、それ以外の情報はスルーしているのです。
たとえば、ショッピングモールなどの人ごみのなかで名前を呼ばれて気がつくのも、選択的知覚によるものです。

ということは、消費者に情報を発信する企業にとって選択的知覚は、重要なポイントです。この選択的知覚を利用することで、より効果的な訴求が可能になるからです。
たとえば、よくあるのが「60代から考えてほしい保険」とか「杉並区にお住まいの方だけにおトクなお知らせ」など、年齢や地域を限定して呼びかける手法です。こうした情報を受け取る側は、自分との接点から選択的知覚を稼働させ、聞き耳を立てるというわけです。

 

金額を気にせずに推しグッズを買い集めてしまうのはなぜ?

通常、私たちは何か商品を買うとき、いくつもの観点から比較検討し、購入するかどうかを決定します。価格、機能、使い勝手、見た目のデザイン、口コミの評判など、高額商品になるほど後悔しないように慎重になるものです。

この比較検討の際、私たちの頭を支配しているのは理性です。しかし、ものを買うとき、つねに理性ばかりを働かせているわけではありません。自分の好きなもの、いわゆる推しグッズなどは後先考えずに買ってしまう。そんな人は少なくないはずです。
このとき、あなたを支配しているのは「好き」という感情です。こうした、感情のままに意思決定することを「感情ヒューリスティック」といいます。

感情ヒューリスティックは、ものごとを迅速に判断させますが、反面、理性的な判断がおろそかになる危険性をはらんでいます。そのため、とくに現代のような情報過多社会においては注意が必要です。膨大な情報量を処理するのは時間と労力を要するため、手っ取り早く感情ヒューリスティックを稼働させてしまいかねないからです。
現代人に問われているのは、感情と理性のほどよいバランスといえるでしょう。

 

「血液型がB型の人はマイペース」という先入観

「あの人は関西人だから、笑わせるのが好きだろう」
「女性は細かいことにうるさいから注意しろ」
「彼はB型だから、マイペースな性格だな」

このように私たちがよくしがちな「ステレオタイプ(先入観、思い込み)」に基づいた判断も、代表性ヒューリスティックのひとつです。
ただ、「彼はステレオタイプなんだ」といった場合、決していい意味には使われません。パターン化した思考の持ち主、固定観念にとらわれやすい人、といったニュアンスが込められています。

実際、関西人だからといって笑いの好きな人ばかりでも、性別で性格が異なるわけでもありません。血液型性格分類については以前から信憑性に疑問が呈されています。

ゆえに判断を誤ることも多いのですが、それでも人は多かれ少なかれステレオタイプで判断したがるものです。現実に私たちはふだんステレオタイプをひとつの拠り所として、「あの人はたぶんこうだろう」「こういう場合はきっとこうなる」と判断しながら生活しています。

善し悪しは別として、私たちはそういう傾向をもっている。人間とはそういうものであると知ることもまた、行動経済学においては重要なポイントです。

著者紹介

池上彰(いけがみあきら)

ジャーナリスト

1950年生まれ。慶應義塾大学卒業後、1973年にNHK入局。1994年からは11年にわたりニュース番組のキャスターとして「週刊こどもニュース」に出演。2005年よりフリーのジャーナリストとして執筆活動を続けながら、テレビ番組などでニュースをわかりやすく解説し、幅広い人気を得ている。また、5つの大学で教鞭をとる。『池上彰の未来予測 After 2040』(主婦の友社)など著書多数。

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