1. PHPオンライン
  2. 仕事
  3. 行列必至のパン屋さんには仕掛け人がいる...「ベーカリープロデューサー」の仕事とは?

仕事

行列必至のパン屋さんには仕掛け人がいる...「ベーカリープロデューサー」の仕事とは?

池田浩明(パンラボ主催)、瑞穂日和(ライター)

2025年11月14日 公開

お客さんには美味しいと言ってもらえるのに、なぜか客足が少ない。お客さんから愛されるパン屋さんになるためには、パンの美味しさだけでなく、コンセプトメイキングが大切だと、「パンの学校」をはじめとしたパンの場づくり事業を手がける池田浩明さん、瑞穂日和さんは指摘します。

では、どのようなコンセプトメイキングを意識すればよいのか――パン屋さんの世界観・ビジョンをカタチにする「ベーカリープロデューサー」という仕事から、パン屋さんを成功させる上で大切な視点をご紹介します。

※本稿は、池田浩明・瑞穂日和著『パンビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

ベーカリープロデューサー=パン屋さんの世界観の作り手

イベントプロデューサーや空間プロデューサーなど、世の中には"プロデューサー"と名のつく職業が数多くあります。パン業界も例外ではありません。ここでは、パン業界におけるプロデューサーとはどんな存在なのか、その役割についてご紹介します。

パン作りの知識とセンスを活かしながら、お店の個性や魅力を引き出し、パン屋さんの"世界観"を作り上げていく。それが、ベーカリープロデューサーの仕事です。

重要なのは、単なる技術者や経営者ではなく、「パン屋さんが思うビジョンを形にする、総合プロデューサー」であるという点。お店全体を俯瞰できる視点を持ち、方向性をデザインする力が求められます。では、実際にどのような仕事を担うのか、主な内容を見ていきましょう。

 

「コンセプトを描く」ことだけが、プロデューサーの仕事ではない

ベーカリープロデューサーが担う仕事は多岐にわたりますが、大きく分けると以下のように分類できます。

(1)コンセプトを描く

最初に行うのが、「どんなパン屋さんにするのか」というビジョンの言語化と視覚化です。立地や周辺環境、想定する客層、オーナーの想い、資金面を丁寧にヒアリングし、地域密着型の家族向け店舗、素材にこだわるヴィーガンベーカリー、クラフト感のあるハード系専門店など、方向性を具体的に描いていきます。

コンセプトと立地・客層がマッチしているかどうか。お店の「らしさ」を見つける。最初に依頼者とどれだけコミュニケーションをとるかが、成功を左右するもっとも重要なポイントになります。

(2)看板メニューを作る

お店の個性を体現する看板メニューや、売れ筋となる商品ラインナップの提案もベーカリープロデューサーの重要な仕事です。製パン技術に加えて、トレンドや季節感を踏まえた提案力が求められます。おいしさはもちろん、記憶に残るパンの存在感をどう生み出すか、思わず手に取りたくなるラインナップを提案できるかが鍵となります。

(3)空間とブランドを整える

パン屋さんに欠かせないオーブンやミキサーなどの什器の選定や仕入れ先の提案、内外装の世界観づくり、ロゴやパッケージなどのビジュアル監修まで、空間全体に統一感を持たせます。

たとえば、パンが美しく見える照明や棚の高さ、お客様が動きやすい店内の動線といった細部にまで気を配り、「このお店、なんだか好き」と思ってもらえるような世界観を形に。ブランドとしての完成度を高めていきます。

(4)お店の仕組みを設計する

開店から閉店まで、どのようにパンを焼き、どう販売するのか。作業工程の効率化や品質保持のための動線設計など、日々のオペレーションをスムーズに進めるための仕組みを構築します。スタッフの人数や役割分担など、経営的視点も欠かせません。

(5)人を育てる

どんなに魅力的な商品や空間があっても、それを提供する人が育っていなければ意味がありません。スタッフに理念や商品の魅力を共有し、製造や接客のクオリティを一定に保つための教育やフォローも重要な役割のひとつです。お店の「らしさ」を支えるのはスタッフである「人」だからこそ大切なお仕事です。

(6)店の魅力を届ける

オープンに向けた広報活動も、ベーカリープロデューサーの腕の見せどころです。SNSの運用、メディア対応、イベントの企画、PR文の監修や撮影ディレクションなど、ブランドの魅力をどう伝えるかを戦略的に設計していきます。

これらの仕事をすべてひとりで担うこともあれば、必要な部分だけ依頼されるケースもあります。そのときどきの状況やお店の規模に応じて、プロデュースの内容は柔軟に変化していくのが特徴です。

 

お店作りには「コンセプトメイキング」が不可欠

自身でお店を開く場合でも、プロデューサーに依頼して店を作ってもらう場合でも、コンセプトメイキングはパン屋作りの軸となる、とても重要なプロセスです。この軸がしっかり定まっていないと、たとえ魅力的なパンを焼いても、その良さがお客様に伝わりません。

パン屋さんとして成功するためのコンセプトには、いくつかの共通するポイントがあります。ここでは、特に大切な視点を見ていきましょう。

(1)誰のためのお店であるかを明確にする

まず大切なのは「どんな人に来てほしいのか」をはっきり描くことです。ファミリー層、健康志向の人、近隣の住民、オフィス街で働く人たちなど、ターゲットを具体的に考えることで、お店の方向性がブレにくくなります。

たとえば、「朝、子どもと一緒に立ち寄れるパン屋さん」や、「小麦アレルギーでも楽しめるグルテンフリーのパン屋さん」など、人物像やシーンを具体的にイメージすると、店のビジョンがグッと立体的になります。

(2)立地との相性を考える。

どんなに魅力的なコンセプトでも、立地との相性が悪ければ、せっかくの良さも伝わりにくくなってしまいます。住宅街なら”日常づかい”、観光地なら”思い出作り”、駅前なら”スピード感”など、場所の特性を読み取って活かすことが成功への近道です。

お客様が「なんとなく合っている」「また来たくなる」と感じるのは、空間やサービスがその場所の雰囲気と調和しているから。そこに寄り添う目線を持つことが大切です。

(3)世界観と商品がつながっている

コンセプトは空間やビジュアルだけでなく、パンそのものにも反映されている必要があります。内装、ロゴ、パッケージ、ディスプレイ、商品ラインナップに至るまで、すべてがコンセプトとリンクしていることで、お店全体の"物語"が完成します。

たとえば、「発酵と季節を味わう、ハード系のパン屋さん」なら、その世界観を映すようなロゴデザインにすることで、ブランド全体に統一感が生まれます。商品はサワードウや低温長時間発酵のパンに絞り、あえて種類を絞ることで"こだわり"が際立ちます。あれもこれもと手を広げるより、"選び抜いた感"があるほうが、印象に残るパン屋さんになります。

(4)ストーリーで共感を生む

コンセプトにストーリー性があると、お客様の記憶に残りやすく、ファンも育ちやすくなります。オーナーの想いや、使っている素材の背景、パンに込めた想いなど、お店の"言葉"がしっかり届くと、「このお店、応援したいな」と思ってもらえるようになります。

だからといって大げさな演出は不要です。素直な言葉で、自分たちの想いをきちんと語れるかどうか。そこが信頼や親しみにつながります。

 

「ここにしかない個性」もパン屋さん成功のカギ

ここにしかない"ひとくせ"を。と言うと驚いてしまうかもしれませんが、「このパン屋さん、なんかいい」と、思ってもらうには、ひとつでもいいので"ここにしかない"個性を用意することがポイントです。

味でも、空間でも、スタッフの接客でも、何かひとつ印象に残る"ひとくせ"があると、選ばれる理由になります。たとえば、月替わりで世界のパンを紹介する「旅するベーカリー」。空間演出や商品ラインで"旅している気分"を表現します。

他にも「朝しか開かないパン屋さん」「週末に開かないパン屋さん」など、営業スタイルそのものを差別化ポイントにするのもおもしろいアイデアです。地元の野菜やお酒を使ったコラボパンを展開し、地域とのつながりを大切にするスタイルも、”地元に愛されるパン屋さん”という物語につながります。

成功するコンセプトに共通しているのは「どんなパン屋さんを作りたいか」だけでなく、「どんなふうに人とつながりたいか」という問いに向き合っていること。その想いを丁寧に形にできれば、お客様にとってかけがえのない場所になっていくはずです。

著者紹介

池田浩明(いけだ・ひろあき)

パンラボ主催、ブレッドギーク、ブレッドコミュニケーター、NPO法人新麦コレクション理事長

出版社勤務を経てパリ遊学後、ブリオッシュを食べた際に、特定のにおいがそれに結びつく記憶や感情を呼び起こす「プルースト現象」によりパンに覚醒し、パン専門ライターとなる。2010年には、パンの研究所「パンラボ」を設立。
東においしいパン屋あると聞けば行ってパンを食べ、西にすごいパン職人がいると聞けばその声に耳を傾け、南に偉大な小麦農家ありと聞けば土を掘り返し、小麦をなめる。メディア出演や講演、小麦粉のプロデュース等にも携わる。
著書に『パン欲』(世界文化社)、『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、著書『Hanako特別編集 池田浩明責任編集 僕が一生付き合っていきたいパン屋さん。』(マガジンハウス)、『パンのトリセツ』(誠文堂新光社)等がある。
https://x.com/ikedahiloaki
@ikedahiloaki

瑞穂日和(みずほ・びより)

編集者、ライター、ブレッドコミュニケーター

大学卒業後、一般企業に就職。働きながら料理研究家の調理・取材アシスタントを務めたことをきっかけに出版業に興味を持ち、編集プロダクションへ転職。その後、外資系出版社でも料理雑誌の編集に18年近く携わり、もともとパンとスイーツ関連の記事づくりを得意としていたことから、同誌でも長年にわたり特集を担当。
さらにパンの世界を深く知るために、プライベートで10年以上もパン教室に通い、最低限の製パン知識も習得。現在は、「パンを中心にライフスタイルを豊かにするお手伝い」をテーマに、パンコミュニケーターという肩書で活動もしている。

関連記事

アクセスランキングRanking