輸入物価高騰で“国産小麦”に脚光 地元パン屋が動かす地方創生
2025年11月21日 公開
地方経済が衰退し、一極集中が進んでいる日本。そんな現状を打破し、元気な地域を日本中に増やしていく上で、その地域の発展の起爆剤となりうるのがパン屋だと、パンラボを主宰する池田浩明さんは語ります。
実際、すでに全国色々な場所でパンを通じた地域起こしの取り組みは行われています。本稿では、書籍『パンビジネス』から、その具体的な例もご紹介します。
※本稿は、池田浩明・瑞穂日和著『パンビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
※本記事に記載のメニューは、書籍発刊当時(2025年10月)の情報です。
地方のパン屋さんが年商1億円
失われた30年に少子高齢化......このまま日本が衰退するままでいいと私は思いません。人・モノ・金が東京や大都市圏に集中する現状を打破し、元気な地域を日本中に増やしていくことが、日本の再興に必要だと思っています。その地域におけるコアにパン屋はなりうると思うのです。勝ち筋はあると見ています。
大都市圏から離れた地方に小麦畑の視察で行ったとき、とあるパン屋さんを訪ねました。多くの客でにぎわっており、日商を聞くと、平日30万、週末60万とのこと。年商に直せば1億!大人気店といえますが、パン業界では無名の存在。人口2万人の小さな町でなぜこんなことが起こるのでしょう。
このパン屋は、他の都市との数少ない動線となる幹線道路沿いに位置しています。動線の確保は人口の少ない地方では特に重要。さらに、この地域には他にめぼしいパン屋がありません。地方は高齢化、人口減少、先述のようにパン屋の廃業が進み、ベーカリーがなく、焼きたてのパンが食べられない地域も数多い。あるとしても昔ながらのパン屋が多いです。
都市の人気店で修業、もしくはパンの基礎が身についていれば視察や講習会でもかまいません、最先端の技術やセンスをキャッチアップすれば一人勝ちは十分可能。国産小麦を使って食材の個性で差別化するのも大事なポイント。このパン屋さんでも、私が視察した、すぐ近くの小麦畑でとれた小麦を使っていました。
無論、1億売るためには、1億製造する必要があるのは当然。働き手が少ない地方でこれは難題です。そこにもきっちりと手を打っていました。製造現場に正社員はたった一人、それもオーナーシェフ自身。あとはパン好きの主婦の方など、製造補助をパートでまわしています。熟練の職人を必要としないのであれば、最後は自分で作ればいいので、人手に悩まされることはありません(自分自身はめちゃめちゃ働く必要があるとはいえ)。
一人で10万円分のパンを作れれば合格点と言われる業界で、30万~60万は驚異的な数字。秘密は豊富に導入した最新機材です。すべて前日に仕込んで当日は焼くだけ。凝ったパンはやめて、ただのまるぱんのような、初心者の方でも作りやすいレシピにしています。
地元の人の“地元愛”がパン屋成功を後押し
地方では、パンが贈り物として好まれます。自家消費に加えて、ご近所や家族へのおみやげにするケースが多く、多点数買いが多いのも、一人あたりの平均単価を押し上げ、売上増につながります。ただし、地方ではパンの値段が東京に比べて安くなることに留意は必要。ただでさえ、輸入物価の高騰で原価率は上昇しています。
反対に国産小麦は、外国産小麦との価格差が埋まり、割安感が出ています。小麦をはじめとする国産材料は、為替変動リスクが少なく、安定感があるといえるでしょう。
さらに、地産小麦など地元材料を積極的に使うのも効果的。地元愛は意外に多くの人が持ち合わせています。以前、鳥取で行われたイベントで私はある質問をしました。地元の大山こむぎと、その他の地域の国産小麦のパンを両方食べてもらい、「どっちがおいしいですか?」と。大多数の人が大山こむぎのパンのほうに軍配を上げました。
私の評価は、どっちも個性的でどっちもおいしく、甲乙付け難いというもの。プラシーボ効果はパンの世界にも存在しています。地元意識がパンをおいしく感じさせてしまうのは間違いありません。買うか買わまいか迷ったとき、「○○産」「○○さん生産」などの商品名が後押ししてくれるでしょう。
全国各地で行われる“ご当地パン”による地域起こし
パンを通じた地域起こしの取り組みは、個店レベルでは、すでに全国でいろいろはじまっています。代表例として挙げられるのは、群馬県前橋市の「CROFT BAKERY」。久保田英史シェフは、アメリカ・ロサンゼルスでベーカリーのシェフを務めていました。
その頃、西海岸ではタルティーンベーカリーをはじめとしたサワードウカルチャーが花開いた時期。地元で生産された小麦を挽いてすぐ使うフレッシュミルなど、ローカルや生産地が意識されはじめました。そんな方法論を、日本に持ち込んだパイオニアといえます。
群馬といえば昔から麦どころ。地元生産者やローカルミル(地域に根付いた小ロット製粉所)から直接届けられる「農林61号」などいわゆる地粉を使い、地元の名産をあしらった「花豆のパン」や「下仁田葱とサバ」などストーリーのあるご当地パンを展開しています。
すぐそばで作られた素材の生命力は熱をもってお客様に伝わるのです。久保田さんは自分の店を"コミュニティセンター"と呼びます。初めて群馬を訪れた観光客でも、地域にどんな産物がありどんな生産者がいて、どんな土地柄なのかわかると。
地元のマルシェやイベントにも積極的に参加。新規顧客を発掘できますし、感性や志を同じくする出店者とつながりが生まれて形成されるコミュニティは一種の仮想の商店会のようなもの。「地元にもこんなにおもしろいお店がいろいろあるんだ」とお客様にポジティブな印象を与えているはずなのです。
地元の人・観光客・生産者が喜ぶ“地産地消”
北海道・十勝は日本の小麦生産の約1/4を占める穀倉地帯。パンの地産地消も盛んです。そのパイオニアともいえるのが「満寿屋商店」。旗艦店である「麦音」は、1万2千㎡で日本一の敷地面積。十勝は農業王国だけに、小麦、砂糖、酵母、牛乳、バター、チーズ、ヨーグルト、小豆、金時豆、じゃがいも、トウモロコシ...と十勝産素材を使って100種類ものパンを作ります。
「なぜ十勝にはこんなに小麦畑があるのにこの店のパンに地元の小麦が使われていないのか?」生産者の指摘をきっかけに、1989年、十勝産小麦を100%使用したおいしいパンを作ることに挑戦をはじめ、23年後の2012年、すべてのパンでと十勝産小麦100%を達成。
看板商品は地元生産者のチーズを使った「とろーりチーズパン」。いまや連日行列ができる、十勝を代表する観光地のひとつとなりました。地元の農産物を使えば、地元の人も、観光客も、生産者もよろこんでくれる、好例といえるでしょう。
東北では岩手県陸前高田市の「BAKERY MAaLo」を紹介しましょう。陸前高田といえば、東日本大震災による津波で市街地がほぼ全滅。その被災地に、陸前高田の復興を懸け立ち上げた「発酵パーク CAMOCY」にBAKERY MAaLoはあります。
実は、津波の年2011年から、私が代表を務める復興支援団体「希望のりんご」に参加、陸前高田の避難所や仮設住宅でBBQ形式の「巻きパン」(棒に生地を巻き付け炭火で焼く)を行ってきたのが、Zopfの伊原靖友シェフ。「復興のために」と、愛弟子である敏腕パン職人塚原涼子さんを送り込みました。
塚原シェフは、地元の陸前高田でとれたすじ青のりを使った「広田ののりパン」や、陸前高田特産の「米崎りんご」を使った「りんごのパン」を作って遠方からのお客さんを呼び込み、復興に一役買っています。
東海地方からは「豊市パン」を挙げましょう。新幹線停車駅・豊橋駅近くにあり、地元の農産物やおいしいものをパンにしています。東三河地方は、農産物の宝庫。伝統の発酵文化を背景にした麹を使ったサワードウや、地元の銘菓「八雲だんご」のあんこを使用した「丸八製菓のつぶあんバターサンド」。
あるいは地元食材を使って系列のホテルと協業した「アークリッシュカレーパン」(ホテル仕込みの欧風カレー)など、フィリングも手抜きなしで自家製。同じ商業施設内に、系列のフードコート&マーケット「emCAMPUSFOOD」も。こちらも地元食材にフォーカスしており、東三河のお気に入りが見つかることまちがいありません。
島根県にある世界遺産の町・石見銀山で名店として名を馳せる「ベッカライ コンディトライ ヒダカ」。ドイツで修業しマイスターの資格を得た凄腕の職人。地域起こしの期待を担って古民家に誘致されたのです。石見銀山の坑道跡や採石場跡の地下空間で10ヶ月も熟成させたシュトレンはいくつものテレビ番組で紹介され大きな話題を生みました。
農家の庭先にあって活用されていない雑柑を収穫してピールを使ったり。山に自生するクロモジの葉を練り込んでスパイシーなバゲットを作ったり。地元に眠る宝をドイツ仕込みの技でパンにする手腕が地域にお客様を呼び込み、にぎわいを生み出しているのです。