小説家・真山仁さんの大人気『ハゲタカ』シリーズ最新作、『チップス ハゲタカ6』の刊行を記念したトーク&サイン会がブックファースト新宿店にて開催されました。前作『ハゲタカ5 シンドローム』から8年。主人公・鷲津政彦が今回対峙するのは、「半導体覇権」と「台湾有事」です。
生成AIの急速な普及により、半導体をめぐる国際競争はこれまで以上に激しさを増しています。物語では、時価総額130兆円を超える台湾の半導体企業を、アメリカや中国が虎視眈々と狙います。
本イベントでは、『チップス ハゲタカ6』担当編集者である日経BPの白壁達久さんが聞き手を務め、真山さんの創作の深部に迫りました。真山さん自らが「現在進行形のクライシス・ノヴェル」と語る本作は、いかにして生まれたのか。鷲津政彦にとってシリーズ最大のミッションとなった本作の舞台裏をお届けします。
8年ぶりの『ハゲタカ』シリーズ新作
――前作『ハゲタカ5 シンドローム』刊行から8年経っていますが、それはなぜでしょうか。
【真山】NHKでドラマ化された頃から、多くの方がこのシリーズを「歴史小説」のように捉えてくださっています。そのため、四作目の『グリード』を書いた頃からは、「大きな経済的事件がない限り、『ハゲタカ』の続編は必要ないのでは」と考えるようになったのです。逆に言うと、「次に大きな経済事件が起きたら書こう」と決めていました。
前回の大きな節目は、2011年の東日本大震災でした。その後も個別の企業の破綻など、さまざまな問題は起きていましたが、「歴史に残るほどの大きな事件か」と考えているうちに、8年の歳月が流れていました。
――この8年の間には、例えば2020年のパンデミックがありました。それでも、「台湾有事と半導体」を最新作のテーマに選ばれた理由は何でしょうか。
【真山】かつて半導体は「産業の米」と呼ばれていました。つまり、産業にとって最も重要な栄養分のような存在という意味です。しかし『2030 半導体の地政学』という本を読んでいたら、もはや半導体は単なる産業の基盤ではなく、国家のインフラであり、極端に言えば国家の未来を左右する存在になっていると書かれていました。
そのため、産業政策の問題ではなく安全保障の問題として、各国のトップが最先端の技術を手に入れようとしのぎを削っている。ところが、その中に日本はまったく入っていないのです。一方で、「日本はいまでもモノづくり大国、半導体大国だ」と考えている人も少なくありません。
私が書く小説には、多くの人が思い込んでいることが、本当にそうなのかと問い直す要素があります。半導体によって、これから歴史が変わっていくかもしれない。そう考えると、問題提起として取り上げる意味があると思いました。
また、「台湾有事」は防衛問題や、「貿易戦争」という文脈でざっくりと語られがちですが、もっと具体的に踏み込めば、半導体の先端企業や先端工場を巡る争いという側面が見えてきます。小説であれば、そこに「仮説」を立てて踏み込むことができる。
あえて振り切って、「半導体」というテーマから「台湾有事」を考えてみるのは面白いのではないか。そう考えた結果、今回のような形になりました。
台湾での現地取材を経て変わった印象
――台湾でも現地取材をされたとのことですが、実際に訪れてみて印象が変わったことはありましたか。
【真山】大きく三つあります。
一つ目は、「台湾は親日国だ」という認識の微妙さです。台湾から日本への旅行者はとても多く、かなり通な場所にも行きます。例えば「小京都」と呼ばれる地域や、一般的な観光ルートではない場所に長く滞在したりする。日本をよく知っていて、日本を愛していると感じる部分は確かにあります。
さらに、電波の関係で日本の衛星放送がほとんど映るということもあり、日本のコンテンツに多くの人が触れている。そういう意味で日本が好きなのは確かです。ただ、その「好き」という感情が、どの程度のものなのか。そこは実際に行ってみて、少し違う感覚として理解できた部分がありました。
二つ目は、今回の小説の根幹にも関わる話ですが、台湾には軍隊があり、パスポートもありますが、国として認められていません。国連に加盟しているのは中華人民共和国だけで、かつて国連に加盟していた台湾は、中国が加盟した際に外されました。
つまり、「国ではないような国」として存在している。この状態をどう理解するのかという問題です。「中国に戻るのか」「独立するのか」という二択で考えがちですが、実際はそんな単純な構図ではありません。台湾の存在は、その枠組みだけでは説明できないものだと感じました。
三つ目は、台湾には世界最大の半導体企業があり、盤石だと思われている。しかし関係者に取材をしていると、「本当にそうなのか」という疑問を感じました。
これらの答えについてはぜひ小説を読んでいただきたいです。いまお話したことを頭の片隅に置いて読んでもらうと、物語の理解に少し深みが出るかもしれません。
「現在進行形」のクライシス・ノヴェル
――帯には「現在進行形」のクライシス・ノヴェルと書かれていますね。
【真山】大げさで、すみません(笑)。
――「現在進行形」という点は、『ハゲタカ』シリーズとしては初めての試みですよね。そこには難しさもあったと思いますが、その点はどのように感じていましたか。
【真山】そうですね。今回の小説には、一つ特徴があります。それは、現実に起きている出来事を横目で見ながら書いたという点です。
先ほど『ハゲタカ』は歴史小説だと申し上げましたが、これまでは、少なくとも出来事から3年から5年ほど時間が経ったあとに書いてきました。歴史的出来事は、だいたい3年くらい経たないと、その当時何が起きたのか見えにくいものだからです。
ただ今回は、「台湾有事」についての誤解を、いま解きたいという思いが強くありました。そのため、書いている内容が現実の時間と競走しているような感覚で、状況の変化に合わせて内容が変わっていく部分もありました。
実際に起きていることを小説の視点から読む体験を通じて、現実を少し斜めから見て、何が起きているのかを理解してもらえるという意味では、こういう書き方を選んで良かったと思っています。
ただ、現実世界はどんどん変化する。けれども、小説は、週に一度しか掲載されないうえ、原稿はだいたい3週間前に入稿しています。つまり、3週間先の状況を予測しながら書いていました。フィクションですから、現実の通りである必要はありませんが、その点は少し大変なところではありました。
――『日経ビジネス』での連載から単行本化する際には、物語内の時制をすべて1年ずらすという作業を行われましたが、かなり大変だったのではないでしょうか。
【真山】ラストの日付は、近未来に設定しています。発表時点より未来を書きたいからです。なぜかというと、読みながら現実との答え合わせをされたくない。それは本来の小説の楽しみ方とは違うと思うからです。
さらに世界の政治状況の変化もありました。連載を始めたころはアメリカはバイデン政権でしたが、トランプ政権に戻りました。最近では中東情勢も大きく変化しています。そうした動きを見ていると、連載中の時間軸で書籍化するのは難しいと感じました。連載が3分の2くらい進んだ段階で、「単行本では時間をずらさないといけない」と考えていました。
これまでの作品は、過去の出来事を現在から振り返る形で書いていました。しかし今回は、まだ歴史としての結果が出ていないテーマです。一方で、小説は物語として何らかの結末を提示しなければならない。だからどこかで現実を追い抜く必要がある。そのことは最初から意識していました。
底流にあるテーマは「諸行無常」
――今作では、章タイトルが『平家物語』に由来していますね。
【真山】そうですね。台湾で半導体関係者に取材したとき、毎回こんな質問をしました。「台湾の半導体産業は、この先もずっと世界一だと思いますか」と。すると、ほとんどの人が「当たり前だろう」と答えたのです。
1980年代後半、日本が半導体王国と言われていたころにタイムスリップして、「日本の世界一はずっと続きますか」と聞いたら、日本人も同じように「当たり前だろう」と答えたでしょう。しかし現実はどうなったか。かつて世界一だった日本の半導体産業は、いまでは見る影もありません。
人でも組織でも、栄華を極めてトップに立った瞬間から、あとは落ちていくしかない。例外なのはアメリカくらいです。なぜならアメリカではプレーヤーが入れ替わるからです。失敗した人は退場し、次のプレーヤーがすぐに出てくる。二番手、三番手が常に待っているから、持ちこたえることができる。
ただ、普通はそうはいきません。結局のところ、「諸行無常」や「盛者必衰」は当たり前の摂理なんです。しかしトップにいるときには、誰もそれに気づかない。
今回の取材をしている間、ずっと頭の中で『平家物語』の冒頭が繰り返されていました。だから作品の底流には、栄華を極めたものがやがて滅びるというテーマがあります。ただし、『チップス ハゲタカ6』では誰がどこでそうなるのかは、読む人によって違ってくると思います。
台湾とシンガポールは、よく似た国だと思っています。私は小説『タングル』を書くため、2010年代にシンガポールを取材しました。当時シンガポールでは日本はもう「終わった国」と言われ、「なぜ日本は高齢者をあそこまで救うのか」「国がお金を使ってそんなことをする意味があるのか」と言う人がいました。
しかし現在シンガポールでは、建国の功労者たちが高齢者になり始めていて、このまま彼らを見捨てるのかという問題が出てきました。それはできないと気づいたとき、「日本から学ぶものがある」と言い始めたのです。
自分が上手くいっているときには、他人から学ぶ必要がないと思う。でも状況が変わると、急に学ぶべきことが見えてくる。
台湾でも同じような話をしました。取材中ずっと、「世界一であり続けることはできない」と言っていたのですが、「それは負け惜しみだ」と言われました。でも私は、敗者の言葉も大事だと思うのです。