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藤井聡太はデビュー直後から何が違ったか? 谷川浩司が語る「29連勝」異次元の衝撃

谷川浩司(棋士)

2026年09月17日 公開

14歳2カ月でプロ入りし、デビューから前人未到の29連勝――。
藤井聡太さんの登場は、「有望な若手が現れた」という言葉だけでは捉えきれない衝撃を将棋界にもたらしました。

本稿では、谷川浩司十七世名人が、羽生善治三冠らを破った「炎の七番勝負」や、驚異的な連勝を重ねたデビュー当時を回想。終盤力や形勢判断、勝ち方の多彩さなど、早くから際立っていた強さをひも解きながら、藤井さんがいかにして将棋界の空気を変え、「時代の中心」となる存在へ駆け上がっていったのかを振り返ります。

※本稿は、谷川浩司著『名人論 稀代の天才たちはいかに戦ったか 』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

名人「戦国時代」の後で

藤井聡太さんが現れた時、最初に抱いたのは「とてつもなく強い若手が出てきた」という驚きだった。だが、その認識はほどなく消えた。これは単に有望な新星の登場ではない。将棋界の空気そのものを書き換えてしまう出来事なのではないか。そう感じるようになったのだ。

将棋の世界には、時代ごとに「この人が中心だ」と誰もが認める棋士がいる。しかし通常、その位置に至るまでにはいくつかの段階がある。若手の有望株として注目され、タイトル戦の挑戦者になり、タイトルを取り、そこから第一人者へと近づいていく。ところが藤井さんの場合、その階段の上り方があまりに急だった。いや、急だったというより、階段そのものをいくつも飛ばしてしまったと言った方が近い。

藤井さんが四段としてデビューしたのは、2016年10月1日である。14歳2カ月でのプロ入りは史上最年少だった。この時点ですでに特別な存在ではあったが、それでも普通なら、ここから数年をかけてタイトル戦線へ入っていくはずだった。ところが藤井さんは、こちらが時代の変化をゆっくり受け止める暇を与えなかった。

まずは加藤一二三九段との公式戦第1戦に勝ち、そのまま連勝街道を走り出した。連勝は5連勝、7連勝と積み重なり、やがて松本佳介七段と近藤正和七段が持っていたデビュー以来10連勝という記録を超えるに至った。

しかも、その凄さは単なる連勝記録の更新だけではなかった。私が最も衝撃を受けたのは「勝ち方」の多彩さだった。終盤での精度、形勢判断の冷静さ、苦しい局面でも相手に決め手を与えず、わずかな逆転の芽を逃さないその鮮やかさ、華やかな戦績の背後に、きわめて実務的で、冷徹な強さがあった。

藤井さんがデビューして半年後の2017年春、将棋界は藤井さんが「ただの強い新四段ではない」ことを知った。というのもABEMAテレビが「藤井聡太四段 炎の七番勝負」という企画で、3月12日の増田康宏四段を皮切りに、3月19日永瀬拓矢六段、3月26日齋藤慎太郎六段、4月2日中村太地六段、4月9日深浦康市九段、4月16日佐藤康光九段、4月23日羽生善治三冠を相手に計七番勝負を組んだのだ。若手強豪が相手に選ばれたのはわかるが、佐藤康光、羽生善治の名人経験者二人がこの七番勝負の依頼を引き受けたというところが凄い。二人とも、デビュー後間もない藤井さんの抜きん出た才能を見抜いていたからだろう。

将棋界、そしてファンが大いに注目したこの七番勝負の結果は、藤井聡太四段の6勝1敗で終わった。

藤井四段が敗れたのは、後に数多くタイトル戦を戦うことになる永瀬拓矢六段だけで、佐藤康光さん、羽生善治さんの二人にも勝ってしまった。この七番勝負は持ち時間1~2時間の非公式戦だが、将棋界に激震が走ったことは間違いない。
私も、藤井さんが勝ち越すこともあるかもしれないとは思っていたが、羽生さん、佐藤さんに勝ってこの結果になるとは正直に言って驚いた。

しかも、この「炎の七番勝負」が終わった時点でも、藤井四段のデビュー以来の連勝は続いていた。平藤眞吾七段に勝ち14連勝となり、連勝は止まる気配がないまま澤田真吾六段に勝って20連勝に達した。この頃からはもう将棋界のニュースを超えて、新聞、テレビ、ネットともに1勝を重ねるごとに社会的ニュースとして報じるようになった。

2017年6月26日には増田康宏四段から29連勝目を上げて、神谷広志八段の持つ連勝記録を更新した。この神谷八段の28連勝自体がとんでもない記録であり、破る者など現れないだろうと言われていた記録だった。
藤井四段の快進撃を阻止したのは、佐々木勇気五段(現八段)だ。佐々木勇気五段が序盤から主導権を取り、藤井さんの反撃を許しながらも最後は攻め切った相掛かりの熱戦だった。

将棋界では、新しいプロ棋士として新四段がデビューし、いきなり際立った好成績を収めると、「有望な若手」とみなして棋士たちはその情報を共有する。だが、藤井さんの場合、共有するまでの時間が異様に短かった。2017年春の時点で、将棋界においては「いずれトップに来る才能」どころか「もうすぐ将棋界の中心になる才能」と感じる存在になっていたように思う。藤井さんは、まさに突然、将棋界の空気を変えたのだ。

アマもプロも参加する詰将棋解答選手権大会に藤井さんが12歳にして優勝、3連覇を続けていたことも大きく取り上げられた。これは棋士の中でも最終盤の力が桁違いに強いことを示していた。
詰将棋作家でもある私は、彼がつくる詰将棋の魅力も知っており、いずれは私のように詰将棋作品集を世に出すはずだと思っている。

強い若手が出てきた、というだけなら、将棋界はこれまでに何度も経験してきた。しかし藤井さんの場合は違った。「この人がどこまで行くのか」を見守るのではなく、「この人がいることで、自分たちの立ち位置、未来そのものが変わってしまう」と周囲に感じさせたのだ。

著者紹介

谷川浩司(たにがわ・こうじ)

棋士 十七世名人

1962年生まれ。神戸市出身。
5歳で将棋を覚える。73年4月、5級で若松政和八段に入門。76年12月、四段。82年八段。83年6月、加藤一二三名人を4勝2敗で破り、史上最年少(当時)の21歳2カ月で名人位を獲得。84年、九段。97年、羽生善治名人を4勝2敗で破り、2度目の復位。通算5期で十七世名人の資格を得る。2002年7月、公式戦通算1000勝。25年1月、公式戦通算1400勝を達成。竜王4、名人5など、タイトル獲得数は計27。棋戦優勝は22。12年12月より17年1月まで、日本将棋連盟会長。14年、紫綬褒章受章。

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