相手が不機嫌なのは自分のせいかも――たとえ自分の責任ではなくても、優しい人ほど相手の問題まで背負い込み、こころを疲れさせてしまうことがあります。
そこで大切になるのが「こころの境界線」。臨床心理士の佐瀬りささんは、「自分の境界線を理解して大切にすることで、人間関係やコミュニケーションがずっとラクになる」といいます。本稿では、無理のない人間関係を築くコツを見ていきましょう。
※本稿は、佐瀬りさ著『こころの「安全基地」のつくりかた』(大和出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
自分も周囲も大切にする「こころの境界線」
境界線を「自分」と「相手」を分ける線のようなものだと思ってしまうと、「私は私」「あなたはあなた」と、相手を突き放すような関係をイメージしてしまうかもしれません。そんな線を引いてしまったら、人との関わりがどこか事務的になり、冷たいものになってしまうのではないか。こんなふうに、不安を感じる方もいらっしゃいます。
しかし、「こころの境界線」は、本来そういうものではありません。あなたにはあなたを守る線があり、相手には相手を守る線がある。それは国境と似ています。
そこでまず、あなたという存在を1つの「国」だと想像してみてください。あなたはその国の主人です。その国には領土があり、国境があります。そして、あなたは、その国をよりよく、住み心地のよい場所にしよう、発展させようと整えています。
しかし、もし国境があいまいで、誰でも自由に出入りでき、大切なものが勝手に持ち出されてしまう状態だったらどうなるでしょう。その国は、少しずつ力を失い、やがて荒れてしまうかもしれません。
そうなってしまわないためにも、国境でしっかりと、何を受け入れ、何を受け入れないのかを分けることが必要です。それは、内側の安心や秩序を保ち、発展していくために、とても大切な役割を持っています。
こころにとっての境界線も、それと同じです。それがあることで、あなたの内側は守られ、安心して自分らしさを育てることができるようになります。ですから、境界線は決して誰かを拒み、寄せ付けないための線ではなく、あなたがあなた自身を大切にするための線なのです。
そして、あなたにあなたを守るための線があるように、相手にも相手を守るための線があります。自分の境界線を大切にできるようになると、自然と相手の境界線も尊重できるようになっていきます。それによって、お互いを大切にしながら、安心して関わることができるようになり、人間関係やコミュニケーションもずっとラクになっていくのです。
無理なく相手といい関係になれる「責任の境界線」
ここでは「責任の境界線」について見ていきましょう。これは、「これが誰の問題で、誰が責任を持つものなのか」を見分けるための境界線です。以下の4つのような状況のときは、「責任の境界線」があいまいになっています。
・家庭や職場で問題が起こると「自分がなんとかしなくては」と感じてしまうとき
・自分のことより、相手のことを優先してしまうとき
・誰かが不機嫌だと、「自分のせいかも」と感じて対応しようとしてしまうとき
・困ったことが起こると、「誰かがなんとかしてくれないかな...と思ってしまうとき
「国」のたとえで考えてみると、自分の領土の一部を、誰かに任せきりにしたり、本来その人が管理するはずの領土の世話を、あなたが引き受けていたりするような状態です。
自分の領土を誰かに委ねてしまうと、そこは自分のものでありながら、どこかしっくりこない感覚が残ります。何をしたいのか、何を大切にしたいのかも少しずつわかりにくくなっていきます。そして自分で整えていないため、自分に自信が持てず、誰かに支えてもらわないと不安になることもあります。
一方で、自分が誰かの領土を引き受けてしまうと、本来自分のことに使うはずのエネルギーが知らないうちに外へと流れていきます。気づけば誰かの問題に関わり続けて疲れ果ててしまったり、自分のことが後回しになって、自分の領土が乱れてしまったりすることもあります。
「この人の問題が落ち着いたら」「これが片付いたら」そう思っていても、そのタイミングはなかなかやってきません。そして気づけばどこか満たされないまま、疲れが積み重なっていきます。
この境界線は、特に私たちの文化の中であいまいになりやすいものです。「みんなで責任を持つ」という考え方や、「お母さんだから」「子どもだから」という役割の中で、「引き受けるのが当たり前」と考える傾向があります。それも大切ではありますが、「誰の責任なのか」をわかりにくくしてしまうことがあるのです。
またこの境界線を引こうとすると、「思いやりがないのでは」「冷たいのでは」といった迷いが出てくる人もいます。けれど「責任の境界線」を引くことは、誰かを突き放すことではありません。
むしろ自分の責任は自分で引き受け、相手の責任は相手に委ねることで、お互いが無理なく関われる関係へと少しずつ変わっていきます。自分も相手も「自分でいられる」こと。それが、お互いを尊重できる関係へとつながっていきます。そんな関わり方を取り戻していくことが、「責任の境界線」を引くということなのです。
ワーク1「責任の仕分けをする」
※イラスト:楠わと
「責任の境界線」を引くためには、「これは誰の責任か?」を見分けることが大切です。この境界線は、関係が遠い相手であれば、比較的簡単に引くことができます。しかし家族や親しい友人、同じ職場の人など、距離が近くなるほどどこまでが自分の責任で、どこからが相手の責任なのかが、わかりにくくなっていきます。
たとえば「忘れ物をする」という場面を考えてみましょう。それがどこかの誰かなら、忘れ物をしたその人の責任で終わりです。けれど、それが家族の場合にはその影響が巡り巡って自分に返ってくることがあります。
「届けてほしいと言われたら、結局自分が行くことになる」
「気づいてあげられなかった私もいけないのかも」
そんなふうに、いつの間にか、自分の責任のように感じられてしまうことがあるのです。このように、関係が近い人との間に「責任の境界線」を引くには、少し練習が必要です。
では、実際にやってみましょう。目の前に2つの箱があるのをイメージしてください。そして、「なんで、これ自分がやってるんだろう?」「本当はあの人がやってくれたらいいのに」「また私がやらなきゃいけないの?」と感じた場面を思い出してみましょう。
その場面が思い浮かんだら、「それは本来誰の責任か」を考えてみてください。そのうえで、相手が本来やることは相手の箱へ、自分が本来やることは自分の箱へそれぞれ入れてみましょう。
ここで大切なのは、「実際に誰がやっているか」ではなく、「本来は誰の責任か」で分けることです。今まであなたがやってきたことでも、本来は相手の責任だったということもあります。
このワークをしていると、どちらの責任の箱にも入れられないものが出てくることがあります。たとえば、天気や社会の状況、環境の影響などです。こうしたものを、無理に分けようとすると、かえって苦しくなってしまいます。そんなときは、もうひとつ、「天の箱」を用意してみてください。自分にも相手にもコントロールできないものとして、そっと置いておきましょう。
いずれにしてもこのワークで大切なのは、まず「分けてみる」ことです。今は、手放せなくてもかまいません。誰の責任なのかを考えることに、少しずつ慣れていくこと。それだけでも、境界線は少しずつ整っていきます。
ワーク2「相手が行うチャンスをプレゼントする」
誰の責任かを分ける視点ができてくると、本来は相手の責任だったものを自分が引き受けていたことに気づくかもしれません。けれど気づいたからといって、すぐに「もうやらない」「あの人の問題だから放っておこう」と考えると、自分自身のことを冷たく感じてしまったり、不安や罪悪感が出てきたりすることもあります。
そこでこのワークでは、「相手がする機会をプレゼントする」ととらえてみます。前のワークで、「相手の箱」に入れたものの中から1つだけ選んで、今回は手を出さないと決めてみてください。それが、その機会を相手にプレゼントするということです。
ここで大切なのは、それによって相手がどうするかではなく、あなたの中にどんな気持ちや気づきが出てくるかに、目を向けてみることです。不安や罪悪感が出てくる方もいれば、安心したり少しこころが軽くなったように感じたりする方もいるかもしれません。
また、「先回りしてやっていた」「相手が困る前に手を出していた」。そんな自分のパターンに気づく方もいるかもしれません。このワークを続けていくうちに「相手もできるんだ」「相手とはペースが違っていただけなんだ」と感じられる場面も出てくるでしょう。
相手の責任を、相手に返していくことは、あなたのこころを守り、大切にすると同時に、相手の力を信頼することにも、つながっていきます。