「情報の層」の豊かな活用法がカギに
2011年02月28日 公開 2022年08月18日 更新
次世代技術として、「拡張現実(Augmented Reality)」が注目を集めている。拡張現実とは、情報端末を利用し、現実の映像に関連情報をオーバーレイさせて(多層的に重ねて)表示する技術、およびそのことによって生じる新たなリアリティを指す。現実での実用こそまだまだこれからだが、サブカルチャーの世界には『ドラゴンボール』のスカウターや『電脳コイル』の電脳メガネなど、すでに多くの作品に拡張現実技術が登場しており、その存在自体は馴染み深い。利用者が対象に情報端末を向けると、その対象に関するデータが表示されたり、映像が重ねられたりするという体験そのものは、多くの利便性をもたらすことが予想され、さまざまな場面で有用になるにちがいない。
拡張現実の登場は、これまでの「現実(Real)対仮想現実(VirtualReality)」という対立を無意味なものに変えた。あらゆる情報技術は、この社会で行なわれるコミュニケーションの利便性を高めるためのツールであって、現実と切り離された異世界への入り口ではない。すでにこの社会は、情報技術によって社会の領域が拡張された「拡張社会」と化している。翻って鑑みるに、狭義の拡張現実技術を用いずに行なわれてきた、従来のメディア利用のあり方もまた、現実のコミュニケーションを拡張するためのものであったことがわかるだろう。
それは消費行動においても同様だ。大河ドラマや歴史ゲームにハマり、ガイドブック片手に遺跡や地方を探索すること。沢木耕太郎『深夜特急』、小田実『何でも見てやろう』、猿岩石『猿岩石日記』などの紀行文を手にしながら、海外を貧乏旅行して回ること。テレビやウェブで採り上げられた「名物店長」のいる飲食店などを、話題づくりのために、と訪れること。著名人が身に着けているという理由で、服やグッズを購入し、周囲の者に自慢してまわること。
最近目立ちがちな事例では、アニメやゲームの舞台となった都市や建造物を「聖地巡礼」と称して訪れ、その模様をウェブ上でネタとして報告すること。口コミで拡がっている動画のダンスを真似するオフ会を開催し、数百人規模で踊る動画を作成、それをまたメディア空間に拡散すること。ただ一人で動画をみるのではなくユーチューブあるいはニコニコ動画、あるいは実況掲示板やツイッターなどで「他者の反応」を経由してコンテンツを消費しようとすること。夜、口コミ情報のランキングを検索したうえで飲食店を訪問し、その感想をランキングサイトに反映させること。
これらはいずれも、「情報の層」(一層とは限らない)と現実とを「重ね描き」することで対象を欲望し、また消費体験そのものを豊かにしようという試みだ。このように「〈情報の層〉を通じて〈現実の体験〉へとアプローチする」「〈現実の体験〉に〈情報の層〉を重ねることで体験をリッチ化する」という消費の仕方を、ここでは「拡張消費」と呼んでおこう。
「知恵比べ」時代の新企業戦略
フランスの批評家ルネ・ジラールの「欲望の三角形」という着想が有名だが、人は特定の対象を「純粋に」欲望するのではなく、他者の欲望を経由することで対象を欲望する(つまり「他者の欲望」を欲望する)。だからこそ「欲望を模倣させる装置」としてのメディアの役割が重要となる。そのことを理解し尽くした企業や広告代理店は、しばしば次のようにアピールする。「これだけ多くの人に、この商品は愛されています」。「欲望されている」という既成事実をつくることこそが、欲望を加速させることを、彼らはよくわかっているのだ。
メディアを通じた拡張消費体験そのものは、けっして新しいものではない。だが昨今の変化で重要なのは、「情報の層」をつくるためのアプローチが変化し、誰もが「情報の層」の更新作業に関わるようになったことだ。クリス・アンダーソンの著書『FREE』、レイチェル・ボッツマン&ルー・ロジャースの著書『SHARE』(いずれも日本放送出版協会)がベストセラーとなる現象が示唆するように、企業や広告代理店は、独占物でなくなった「情報の層の更新作業」へのアプローチを変更し、新しいキャンペーンのあり方を模索している。どのような「情報の層」をオーバーレイするかによって、消費行動のあり方も大きく変わる。だからこそ口コミなどの自生的に変化する「情報の層」をもコントロールすることが、彼らの主立った関心事項になっているわけだ。
拡張現実技術や位置連動型広告など、「情報の層」の表示方法はますます増えるだろう。ただし多くの者が関心を抱くのは、それが自らにとって豊かな拡張消費体験であるかという一点のみ。商品の価格を下げるなどの「我慢比べ」だけでなく、ビジネススキームそのものを変化させる「知恵比べ」の重要性が再認識されるなか、拡張消費のリッチ化という課題に応える企業は、今後ますます増えていきそうだ。そのことが、どうか私たちの快楽をさらに拡張していきますように。