マーケティング戦略は “Why” から始めよ
2013年06月19日 公開 2024年12月16日 更新
《『「信用」を武器に変えるマーケティング戦略』より》
Whatではなく、Whyから始めよ
マーケティング戦略の基本的な考え方について述べましょう。何をするのか、何を作るのかが重要なのは言を俟ちません。しかし、Whatだけでは単なる思いつきに終わってしまいます。もしその企画が斬新かつ革新的であるならば、マーケティングの必要はありません。商品は飛ぶように売れるでしょう。しかし、抗生物質や高画質薄型テレビのように誰でも欲しがる商品がそう頻繁に市場に現れることはありません。
MBAの期末試験で私は意地悪な問題を出します(わざと答えづらいトピックを与えて、考えの道筋を評価しているのです)。
「ビジネススクールがホテル業を始めるとしたら、どのようなホテルを企画するか述べよ」と質問します。多くの生徒は、駅前にビジネスホテルを作ってインターネットと大浴場を完備しサラリーマンが泊りやすい宿泊施設にするという案を記載します。自らの出張体験がもとになっているのでしょう。しかし、それでは単なる思いつきだし、東横インやアパホテルなど他社との差異化もはかられていません。
模範解答を出す生徒の思考はWhyから始まります。なぜ教育機関がホテルを作るのだろう、という疑問から入るのです。宿泊施設の意義を問うわけです。ビジネススクールの使命は教育ですから、宿泊施設も教育の場と捉えればよいのです。そうすればさまざまな企画が思い浮かぶはずです。
例えば、ビジネススクールにホテル経営学部を新設して生徒のトレーニング施設としてホテルを経営することができます。多少宿泊費を低くすれば、一流ホテル並みのサービスを提供できなくても興味を示す客はいるでしょう。あるいは、セミナー会場を併設して合宿型の社員教育施設としてもよいでしょう。もともと、ビジネススクールですから短期のエグゼクティブトレーニングプログラムを開発することもできます。学会やコンベンションなども開けるようにすれば世界中から学者や研究者を集めることも可能です。これならば教育機関との整合性もはかれます。
次に、もう一度Whyを考えなければなりません。その企画が「なぜ成功するか」を説明するのです。根拠なき企画はただの思いつきです。市場規模や競争相手の有無、ニーズの認識、経済状況、デモグラフィーなどの外部環境の分析、必要な資源をどれほど有するか内部環境の分析をして正当性を証明しなければなりません。これが正しい考え方の道筋なのです。WhyなしのWhatには意味がないのです。
「石を積む人、教会を作る人」という有名な寓話があります。石を積む石工に何をしているのかと尋ねたら、一人は「見りゃわかるだろう。石を積んでいるのさ」と答え、もう一人は「教会を作っているんです」と答えました。教会を作る目的を持った石工のほうが、当然、モチベーションも高いでしょうし、やりがいも見出しやすいでしょう。
石積みはWhatで、石積みの技術はHowです。何のために石を積むかがWhyです。ですから「教会を建てるため」でも十分なモチベーターとなりますが、もう一段階踏み込んだらどうでしょう。教会を建てているのですから「人々の魂を救済し心を癒す手伝いをしている」というような目的意識を持てば、仕事の意義はさらに深まるはずです。ボランティア活動にやりがいを感じるのは、意義がはっきりしているからなのです。
私の生徒でも何の目的意識もなく学ぶ生徒にやる気を感じることはできません。入学した学生の半分近くは卒業できないのですが、そのなかの1人となってしまうかもしれません……。
一方で、良い成績を取るために授業に参加する生徒は一生懸命勉強をします。「大学院に進学したい」という卒業後の目的を持つ生徒は必死度が違います。
そして、さらに深い目的意識を持った生徒もいます。
カトリック系大学で教鞭を執っていた頃の話です。教え子の1人が私のオフィスを訪ねてきました。2年前に、「マーケティング入門」という授業を取った生徒でした。ロースクールに進学したいので推薦状を書いてほしいと言うのです。しかし、マーケティングの授業を取ったときは確か新入生だったはずです。事情を聞けば、毎学期単位を余分に取ってきたので、3年で卒業するということでした。しかも、学業の合間を縫って、3年間にわたってボランティア活動を週 20時間も続けていたそうです。弁護士になる動機を尋ねると彼女はこう答えました。
「ロースクールへの志望動機は人助けです。ボランティアで恵まれない子供達に勉強を教えていましたが、この子供達を本当に助けるには弁護士になる必要があると強く感じたのです」
この子が立派な弁護士になれないと信じることはとてもできません。
起業家でも水道の水のように製品を安価で潤沢に提供するという社会的使命を持って経営した、松下幸之助氏の「水道哲学」は有名です。アメリカでもウォルマートの創始者のサム・ウォルトン氏は、「世界の消費者が生活費を削減し貯蓄を増やしよりよい生活が送れるように貢献したい」とメダル・オブ・フリーダムの受賞スピーチで述べました。
井深大氏は、戦後の焼け野原からの再建を誓ってソニーを立ち上げました。そして、「ソニーは斬新な技術でユニークな製品を作り、他の企業が真似をして大量生産してもその頃にはさらに斬新な技術で新商品を作り続ければよい。大企業のモルモットで結構」とまで言い切りました。正しく、イノベーションを行うことがソニーのWhyなのです。
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