写真:御厨慎一郎
作った俳句を投稿することを「投句」といいます。投句が習慣になれば、俳句を作ることが日常となり、俳句のある人生をさらに楽しめるようになる――。そう語るのは、テレビ番組「プレバト!!」でおなじみの俳句の先生、夏井いつきさんです。
新著『夏井いつきの世界一わかりやすい投句の授業』では、同シリーズで俳句を学習してきた編集者・秘英知(ぴーえいち)さんが夏井さんから投句の極意を学んでいきます。
本稿では、「苗床」という兼題(お題)に沿って、秘英知さんが投句した句をもとに、季語との向き合い方を考えます。
※本稿は、夏井いつき著『夏井いつきの世界一わかりやすい投句の授業』(PHP研究所)から一部抜粋・編集したものです。
※夏井いつきさんのラジオ「夏井いつきの一句一遊」(南海放送)では、月曜日→火曜日→水曜日→金曜日の順で、紹介する俳句のレベルが上がっていく仕組みになっています。
歳時記と辞書をひいてみよう
夏井:それじゃあ、秘英知さんが、はじめて投句してくれた句を振り返ってみようか。
秘:ちょっと恥ずかしいのですが…次の三句を投句して、最初のロマンスカーの句を火曜日に読んでいただきました。
・苗床やロマンスカーの通過駅(火曜日)
・苗床や赤字だらけのゲラの束
・苗床やインクの切れた赤いペン
夏井:そうそう、この三句だったね。はじめて兼題と向きあってみて、どうだった?正直、今回の兼題「苗床」、かなりのクセモノだったでしょ。
秘:苦戦しました(汗)。そもそも、苗床がなんなのか、まったくわからないところからはじまりまして…。「苗」とあるので、植物に関係する季語かなと予想して、とりあえず歳時記で調べたんですが、私の歳時記に苗床はのっていなかったんです。それで、一応、辞書でも調べてみたら、そこには「植物の種をまいて、苗を育てるために作られた場所《季春》」とありました。《季春》とあるあたりから、「多分、春の季語なんじゃないかな」と考えたのですが…。
夏井:知らない言葉に出合ったら、とりあえず歳時記や辞書をひいてみる。その姿勢、すばらしい!秘英知さんの予想通り、今回の兼題「苗床」は春の季語でした。
秘:やっぱり(ホッ)!なんで私の歳時記にはのっていなかったんですか?
夏井:実は、「苗床」は、ちょっとマイナーな季語なんです。だから、秘英知さんが使っているコンパクトな歳時記にはのっていなかったんだね。歳時記の種類や大きさによって、収録されている季語は変わってくるからね。今日は、私の大きい歳時記を貸してあげよう。よいしょ。ドスン!
秘:ありがとうございます。…重っ!(歳時記をひきながら)あっ、春の季語として、ちゃんと「苗床」のっていますね。
夏井:あったでしょ。今回の兼題「苗床」みたいに、もし季語らしきものが兼題になっていて、でも自分の持っている歳時記にのっていないときは、図書館で大きな歳時記をひいてみるといいよ。
秘:図書館ですか…。たしかに、そうするのがいいのはわかるんですが、バタバタしていて、なかなかいけないタイミングもあるじゃないですか。忙しいときは、スマホやパソコンで検索するのもありですか?
夏井:スマホやパソコンは手軽に調べられて便利なんだけどね。でも、インターネットで季語を調べるのには注意が必要なんです。
秘:えっ!そうなんですか…。実は今回、辞書に書いてある説明だけじゃ不安だったので、ネットでも調べてみたんです。「苗床 季語」って検索したら、「苗床は春の季語です」と出てきたので、ホッとしたんですが…。
夏井:その情報は正しかったけど、インターネットの季語の情報には、堂々と間違いが書かれていることがあるんです。たとえば、「長靴」は季語じゃないんだけど、「長靴 季語」と検索すると、「梅雨の時期にはくので夏の季語」と出てきたり、そうかと思えば「雪国の必需品なので冬の季語」なんて情報も出てきたりする。
秘:夏と冬じゃ真逆ですね…。そもそも季語でもないのに。
夏井:ほかには、「ランドセル」も季語じゃないんだけど、「新しいランドセルを背負って歩く子どもの姿は、春の象徴的な光景」なんて、あたかも春の季語であるかのように紹介されていることがある。これじゃあ、初心者の人はわからないよね。
秘:だまされる自信があります…(汗)。
夏井:それから、「『卵』は春の季語」とか「『木漏れ日』は夏の季語」なんていう情報も検索すると出てくるんだけど、これらも間違い!
秘:「木漏れ日」は季語っぽいですが、違うんですね。
夏井:季語じゃないんだよね。言葉や季語を正しく理解するために、まずは、信頼できる歳時記や辞書で調べる癖をつけるようにしよう。そうやって、ちゃんと調べたうえで、インターネットを使って確認したり、さらに深掘りしたりするのはOK。
秘:ネットを使うのがNGなわけではないんですね。
夏井:もちろん!使い方次第です。だから、兼題がある場合、特に、それが季語の場合は、今回、秘英知さんがやってくれたように、
①歳時記で調べる
②辞書で調べる
③インターネットなどで調べる
の順番で調べるのをおすすめするよ。
秘:まず基本をおさえたうえで、それから応用ですね。
夏井:その通り。「一句一遊」で25年間ずっと「兼題や季語について、ちゃんと調べてから投句してね」っていいつづけているんだけど、まったく調べていないと思われる人が必ず一定数いるんです。なかには、兼題を完全に無視して自由に投句してくる人もいるんだよね。
秘:完全無視!そういう句は、どうなるんですか?
夏井:どんなにいい句だったとしても、ルールを無視しているわけだから、月曜日、つまり才能ナシへ直行!兼題をちゃんとおさえること、それが知らない言葉だったら調べること、その二つができてはじめてスタートラインに立てるんです。
インターネットをうまく使おう
秘:でも、夏井先生、私、植物を育てた経験がほとんどないので、歳時記や辞書の説明を読んでも苗床のことをうまくイメージできなかったんです…。
夏井:そうか、秘英知さんは、植物にはくわしくないんだ。それじゃあ、歳時記や辞書の文字情報を読んだだけでは、なかなかイメージしにくかったよね。
秘:はい…。歳時記や辞書の説明は、一応、理解はできるんですけど、苗床がどんなかたちで、どう使うのか、どこにあるのか、といったことが、まったく…。
夏井:そんなふうに、なかなかイメージしにくい季語の場合は、インターネットで画像を調べたり、YouTubeで動画を検索したりするといいよ。俳句の題材を求めて出かけることを「吟行」というので、私は勝手に「インターネット吟行」とか「YouTube吟行」なんて呼んでいます。
秘:そういう方法もあるんですね!
夏井:もちろん、実際に季語の現場にいって、生身のからだで五感を使って体験するのがベストだよ。それに勝るものはないので、大前提として季語の現場に立つことは大切にしてね。ただ、現実問題、難しいときもあるはず。たとえば、地方のお祭りや行事に関する季語が兼題として出されるときがあるんだけど、それを現地まで見にいくのは、なかなか難しいことが多いと思うんだよね。
秘:たしかに、いけるならいってみたいですけど、気軽には…。
夏井:そんなときこそYouTubeが役に立つんです。歳時記や辞書の文字情報だけより、現地の雰囲気や参加者の表情、使われている道具、お祭りの独特のかけ声なんかがわかって、ぐっとイメージしやすくなるはず。試しに、今回の兼題「苗床」も検索してみたら、いろいろ出てくるんじゃない?
秘:調べてみます。「苗床」で検索っと…いろいろ出てきました!苗床って、こんな感じなんですね。そういえば、私の母方の祖父母は専業農家だったんですが、こんなふうにポットやトレイに土を入れて、そこに野菜の種をまいて、ある程度の大きさになるまで苗を育てていた記憶があります。
夏井:なんと!知らないと思っていた苗床を、実は意識せずに見ていたんだ。
秘:どうやら、そうみたいです。
夏井:季語を調べるなかで、忘れていた過去の記憶が急によみがえったり、今まで認識すらしていなかったものが突然「あのことか!」とわかったりすることが結構あるんだよね。これも季語の力なんです。
秘:へぇ〜。