「敵の血で田畑を染めよう」…そんな歌詞が登場する、フランスの国歌。
国歌といえば、国への愛や平和への願いを歌うものかと思いきや、その成り立ちや歌詞をひもとくと、国ごとの歴史や価値観が見えてきます。中央揃えに歌詞を並べるとワイングラスの形になっている国歌もあれば、時代に合わせて言葉が変わった国歌も。
200カ国以上の国歌を歌う「人間国歌ジュークボックス」KENTさんに、知れば誰かに話したくなる、世界の国歌にまつわる意外なエピソードを聞きました。
(取材・文/PHPオンライン編集部)
歌詞が「ワイン」?スロベニアの平和な国歌
―KENTさんが特に好きな国歌はありますか?
色々ありますが、スロベニアの国歌は好きですね。自分たちの国だけじゃなく、世界中の人たちの平和を願う歌なんですよ。詩は文字そのものがワイングラスの形を描くように書かれているんです。しかも、タイトルは「祝杯」。最高じゃないですか。ハッピーで大好きなんです。
―平和な国歌ですね!
平和で言えば、君が代も素敵な国歌だと思います。
君が代は『古今和歌集』から取った歌で、「私の大好きなあなたが長く生きられますように」という意味なんです。国歌では、「君」を天皇と捉える人もいれば、自分のお父さんやお母さんと捉える人もいる。自分にとって大切な人が長く生きられますように、という歌なんです。
一方で、フランスの国歌「ラ・マルセイエーズ」は、かなり激しい歌なんですよ。敵の血で田畑を染めよう、みたいな歌詞が出てくるんです。
革命を経験した国は、こういった激しい歌詞が多いんです。圧政者をやっつけろ! みたいな。
フランスの国歌は戦いに向かう歌なので、サッカーの試合前なんかに流れるとかっこいいですよね。それに比べると、君が代はゆったりとした低音で、なんだか脅しているようにも聞こえる…というのは冗談ですか(笑)とても平和な歌だなと思います。
国の事情で国歌は変わる
―国歌には、いろいろな背景があるんですね。
背景といえば、面白いのがマレーシアの国歌です。
マレーシアには、もともと国歌がなかったんですよ。1957年の独立にあたって国歌を作ろうとなったときにペラ州の州歌が採用されたのですが、この歌はもともと19世紀フランスのシャンソン『La Rosalie』であるという説があるんです。いわば、替え歌ですね。
国歌って、フランス革命後からいろんな国で歌われるようになったので、実はそれほど歴史の古いものではないんですよ。なので、国の状況によって変わることもありますし、歌詞が変わることもあるんです。
―歌詞は、どういう事情で変わるんでしょうか?
わかりやすい例でいうと、イギリスの国歌です。以前は「God Save Our Gracious Queen(神よ、慈悲深き女王を守りたまえ)」と歌っていたのが、今は国王に合わせて「God Save Our Gracious King(神よ、慈悲深き国王を守りたまえ)」になっています。君主が女王から国王に変わったことで、歌詞も変わったんですね。
それから、カナダの国歌も変わっています。以前は「All thy sons command(汝の息子たちすべてが命ずる)」という歌詞だったのですが、2018年に「All of us command(我々すべてが命ずる)」に変更されました。「息子たち」だけでなく、性別を問わず誰もが自分たちの国の歌として歌えるように、ということですね。
―ジェンダーの観点から配慮がされていて、時代を感じますね。
国歌って、一度決まったらずっと変わらないものというイメージがあるかもしれませんが、社会や政治の変化を反映して、少しずつ変わっていくこともあるんですよ。
国歌が歌えない国も
変わるだけでなく、以前の国歌が使われなくなった国もあります。
僕はアフガニスタンの国歌も大好きなんです。2006年に採用された国歌には、国内のさまざまな民族の名前が入っているんですよ。
ただ、2021年にタリバンが復権してからは、以前の国歌は使われなくなりました。また、現在のアフガニスタンでは、タリバン政権のもとで音楽活動が厳しく制限されています。歌ったり、踊ったり、楽器を演奏したりすることも難しい状況なんです。
―なぜそのような制限がされるのでしょうか。
タリバンの宗教的な解釈では、音楽などの活動はアッラーの意に沿わないとされているんです。
僕はInstagramで、いろんな国の国旗を描きながら国歌を歌う動画も投稿しているんですが、もともとのアフガニスタンの国旗って、すごいんですよ。とても細かくて、芸術的なデザインなんです。描くのに2時間くらいかかりました。
ただ、タリバンが復権してからは、以前とは異なるデザインの、文字が書かれた旗が使われています。国歌も国旗も、政治的な状況によって変わっていくんですよね。
以前、アフガニスタン出身の方と知り合う機会があったんですが、その方が言っていたんです。「みんな普通に音楽もできるし、踊れるし、絵も描ける。でも、そういうことができない国もあるんだから、本当にありがたいことなんだよ」って。
本当に世界にはいろんな国があって、文化も考え方も違うんですよね。そういうことを、僕は国歌を通じて学びました。