「人生を輝かせる」50代の生き方~禅の知恵に学ぶ
2014年08月22日 公開 2023年05月08日 更新
感謝される喜びを知る
子供がまだ小さい頃、会社帰りにお土産を買って帰る。子供たちが大好きなケーキなどを手にして家路を急ぐ。玄関でそれを手渡せば、「ありがとう」という言葉が返ってきます。その我が子の笑顔を見るだけで、その日の疲れなど吹っ飛んでしまうことでしょう。
どんなに仕事が辛くても、我が子の笑顔を思い出すことで頑張ることができます。自分の小遣いを削ってでも、子供たちにお土産を買ってやりたい。それが親心というものです。
しかし、そんな時期はやがて過ぎ去っていきます。子供が中学生にもなれば、親子の会話も減ってくる。せっかくケーキを買って帰っても「ダイエット中だから」と食べようともしない。「ありがとう」の一言もない。そんな寂しさを感じる時期はどの親にもあるのではないでしょうか。
誰もが経験する親離れ、子離れの時期というものがあります。いくら愛する我が子とはいえ、親とは別の人格を持っている。もちろん両親からの影響は大きいものですが、それでも歩んでいく人生は親とは別のもの。
いくら親が望んだとしても、親が願う通りの人生を子供が選択するわけではありません。一生懸命に自立していこうとする子供を、親は引きとめてはいけない。親の思うままにしようとしてはいけないのです。
最近では、子離れがなかなかできない親が増えていると言われています。一昔前までは、親が生きることに必死でした。毎日一生懸命に働かなくては、食べていくことはできません。
子供の世話をしている暇などありませんし、かまっている余裕などない。とにかく早く一人前になって、親の手助けをしてほしい。そう願っていたものです。
子離れができない親が増えている背景には、経済的な豊かさがあるように思います。生活に心配がないがゆえに、つい子供にばかり目が向いてしまう。
急いで一人前になどならなくても、いざとなれば養ってあげることができる。無理をして結婚などしなくても、ずっと一緒に暮らせばいい。そんな親たちの勘違いこそが、子供を自立から遠ざけているのです。
50代というのは、きっぱりと子離れをする時期だと思います。子供が高校を卒業して、大学に進んだり就職をしたりする。もうその時点で子供を離さなくてはいけません。少しずつ距離を置くように心掛けることです。
子供が困ったときや、助けを求められたときにだけ手を差し出してあげる。それ以外のときは子供の自主性を尊重し、信頼して好きにさせてあげる。
それは寂しいことでもあり、難しいことでもあるでしょう。しかし、この時期にこそ手放してあげなければ、いつまでも自立できない大人になってしまいます。我が子が親離れをしようとする後ろ姿を追いかけてはいけないのです。
子供が大きくなって、「ありがとう」の言葉が聞けなくなった。もしもそれを寂しいと思うのなら、その言葉を子供以外に求めてみることです。
人間はけっして独りでは生きてはいけません。たくさんの人との関わりの中でこそ生きていける。そして、その人とのつながりを一番感じることのできる言葉が、感謝の言葉なのだと思います。
誰かの役に立つこと。誰かから感謝の言葉を言われること。それは人間にとって何物にも代えがたいことです。40代までは、感謝の言葉よりも成果に目が向いています。感謝などされなくてもかまわない。
もっと言えば、多少恨みを買ったとしても、自分さえよければいい。自分の仕事さえうまくいけばいい。経済活動の渦の中にいれば、どうしてもそんな発想になりがちです。
しかし、その発想は誰も幸せにはしません。自分が成果を上げた喜びはすぐさま消え去っていきます。利益として数字には残っても、自分の心にその喜びが残ることはありません。まるで陽炎のように、掌からこぼれ落ちていきます。
それに比べて、誰かの役に立ったり、他人から感謝をされた喜びは、いつまでも温かな気持ちとして心に残っていきます。50代からは、そんな本当の喜びを求めながら生きることです。
「利他」の精神を持つことです。自分の利益を優先させるのではなく、まずは相手の利益を考えながら生きていく。相手が喜ぶこと、相手が望むことを叶えてあげるという意識に切り替えていく。
部下のために何ができるのか。周りの同僚のために何をすればいいのか。地域の人たちにとって喜んでもらえることは何か。そんな気持ちを心に持っておくことです。
その心掛けが、「ありがとう」の言葉を集めてくれます。そうして、そんな「ありがとう」の言葉が積もっていくことで、自分自身の人生はどんどん豊かなものになっていくのです。
ケーキを買って帰った日。子供たちが言ってくれた「ありがとう」の言葉。そのぬくもりをもう一度思い出してください。その感謝のぬくもりは、子育ての中だけにあるのではない。周りを見渡せば、あちこちにあるものです。
私心のない素直な気持ちで、周りの人たちに尽くすこと。形ある見返りを求めるのではなく、感謝の見返りを求めながら生きていくこと。結局はそれが、幸せへの近道だと私は思います。
【枡野俊明(ますの・しゅんみょう)】
曹洞宗徳雄山建功寺住職、庭園デザイナー、多摩美術大学名誉教授
1953年神奈川県生まれ。大学卒業後、大本山總持寺で修行。「禅の庭」の創作活動により、国内外から高い評価を得る。芸術選奨文部大臣新人賞を庭園デザイナーとして初受賞。ドイツ連邦共和国功労勲章功労十字小綬章を受章。2006年には『ニューズウィーク』日本版にて、「世界が尊敬する日本人100人」に選出される。庭園デザイナーとしての主な作品に、カナダ大使館庭園、セルリアンタワー東急ホテル日本庭園など。