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なぜいまクリステンセンの 「イノベーションのジレンマ」なのか 1

山中英嗣(グローバルタスクフォース株式会社代表取締役)

2015年02月19日 公開 2024年12月16日 更新

《『ハーバード・ビジネススクール“クリステンセン”教授の 「イノベーションのジレンマ」入門』より》 

 

なぜいまクリステンセンの
「イノベーションのジレンマ」なのか 

 ゴビンダラジャン、チェスブロウ、リース……。こういった名前を知らなくとも、彼らの提唱したコンセプト「リバース・イノベーション」、「オープン・イノベーション」、「リーンスタートアップ」は聞いたことがあるかもしれません。 

 戦略の時代をクリステンセン教授の「イノベーションのジレンマ」以前(BC : Before Christensen)と以後(AC : After Christensen)に分けると、冒頭の3人は、いずれもAC時代の「不確実性の高い世界」における新たな戦い方の提唱者といえます。

 

 

 BC時代には、「競争の少ない魅力的な市場で戦えば持続的な競争優位を確立できる」という「ポジショニング派」(ポーター「産業組織論」)と、「有利な資源を通じて自社の組織の能力を高めて戦えば持続的競争優位を築ける」という「ケイパビリティ派」(「コア・コンピタンス」のハメルやプラハラード、バーニーらの「資源論」等)との間で、侃かん々かん諤がく々がくの論争と勢力争いが行われました。 しかし、彼らとて「“持続可能な競争優位”の構築を目指す」という一点では想いを同じにしていたのです。 

 AC時代ではこれが一変します。まず組織能力の“硬直性”が変化への対応を妨げるとして注目され、 「不確実性の高い世界」が大前提として強調されるようになります。そして競争優位が持続的でない前提で、いかに「一定期間の競争優位を連続して構築できるか」というように、競争の力点とルールが180度変わったといっても過言ではありません。 その分岐点となったのが「イノベーションのジレンマ」であり、そのゲームチェンジャーの役割を果たしたのがクリステンセンでした。 

 スティーブ・ジョブズ率いるアップルや、米セールスフォース・ドットコムをはじめとする多くのスタートアップ企業、そしてそれらの破壊的企業に追い落とされることを懸念した既存の大企業で、クリステンセンの理論がバイブルとして扱われ、実際のビジネスでも実践・活用されてきました。「イノベーションのジレンマ」の発表は、それほど1990年代以降の産業界に大きなインパクトを与えた事件だったといえます。

 

「アメリカ対日本」の再現が、 いま「日本対アジア」で起こっている 

 日本企業が飛ぶ鳥を落とす勢いで世界市場を席巻していた時代、ポーターやバーニーらはいっせいに日本企業の研究を行いました。 そうした中、クリステンセンもバブル崩壊を挟んだ過渡期までの日本企業の大躍進を研究しました。その著作『イノベーションのジレンマ』(日本語版:翔泳社、原題は“The Innovator’s Dilemma”)でも、キヤノンやホンダ、ソニーといった日本企業が破壊的イノベーションの成功事例として出てきます。

 ところが、2作目『イノベーションへの解』(日本語版:翔泳社、原題は“The Innovator’s Solution”)とそれに続く3作目『イノベーションの最終解』(日本語版:翔泳社、原題は“Seeing What’s Next”)では、残念ながら多くの日本企業がかつての米国企業と同様の「ジレンマ」に陥ってしまったことを示唆しています。

 実際、かつて米国企業が日本企業に翻弄されたように、日本もこの10年で中国や台湾、韓国といった破壊的なモデルで攻撃してくる相手に手を焼いています。シャープやルネサス エレクトロニクス、エルピーダメモリ(現・マイクロンメモリジャパン)など、かつては世界に冠たる日本の強みだったエレクトロニクス業界や半導体業界の企業を中心に、大きな屈辱を味わうことにもなりました。 

 しかしそうした現象も、大部分は20年以上も前からクリステンセンらの深い洞察によって私たちに大きなインパクトを与え続ける理論体系の範囲内で説明が可能なものです。だからこそ、日本企業のビジネスパーソンは「イノベーションのジレンマ」について、表面的にではなく“深く理解”する必要があるのです。

 

破壊的イノベーションの全体像とポイント

 ここで、クリステンセンが唱えたイノベーションの中核理論である「破壊的イノベーション」(下図)に関して、多くの人が無視してしまいがちな4つの視点を見ていきましょう。

 

1-1 無視されがちな4つの視点

1  破壊とは「プロセス」である 

これは全編を通して最も重要な点です。私たちは、クリステンセンがいう「破壊的イノベーション」と「持続的イノベーション」を繰り返す“プロセス”について理解する必要があります。 イノベーターというと、「破壊的イノベーション」を起こす新興企業のイメージを持たれる方が多いかもしれません。しかし、『イノベーションのジレンマ』の原題は「The Innovator’s Dilemma」です。つまり、ここでのInnovator(イノベーター)とは、かつて「破壊的イノベーション」を起こし、いまはリーダーとなっている既存主要企業にほかなりません。 

 どんな破壊も、永遠には続きません。市場ができて競合が増えると「持続的イノベーション」での勝負に移行していきます。したがって、「破壊的イノベーション」を起こした企業(破壊的企業)であっても、次の破壊の波がすぐそこに迫っている可能性を常に認識しておく必要があります。新たな破壊に対応し、さらに自らも破壊を起こす努力をし続ける必要があるのです。 ちなみに、後述するハードディスクドライブ業界では、1〜2年で次の破壊が起きています。

〔2〕につづく

 

<書籍紹介> 

ハーバード・ビジネススクール“クリステンセン”教授の
「イノベーションのジレンマ」入門

グローバルタスクフォース著/山中英嗣監修

言葉としては知っていても、その理論をちゃんと説明することはできない……そんな人のために体系的に解説。原著と共に読む実践ガイド。

 

・本書の主な内容・

第1章 イノベーションの歴史的背景と定義
「イノベーション」の一般化による弊害/イノベーション理論の比較

第2章 破壊的イノベーションの理論
無視されがちな4つの視点/5つの破壊的イノベーションの法則/破壊的技術に直面した企業の意思決定の6つのステップ

第3章 バリューネットワークの理論
バリューネットワークの全体像とポイント/バリューネットワークの理論の探求

第4章 資源・プロセス・価値基準(RPV)の理論
RPV理論の全体像とポイント/RPV理論の探求/RPVの変化への対応

第5章 破壊へ向けた戦略と計画
意図的+創発的戦略の策定プロセス/破壊的技術のための種まき投資とポートフォリオ

第6章 破壊の兆しの予測と対応
変化のシグナルを探す/競争の激しさを評価する/戦略的選択に目を配る

各章・巻末のまとめのワークシート

 

 

 


<著者紹介>

グローバルタスクフォース(GTF) 

世界の主要ビジネススクール同窓生ネットワーク“Global Workplace"(40万人、日本人約2万人)を母体とするマネジメントリソース会社。上場企業の再編や再生、M&A、新規事業の立ち上げなどの支援要員を、実働チームとして提供するとともに、6か月後からメンバーの転籍・採用を促すことで、ミスマッチの高い採用に代わる企業の新たなタレントマネジメント・プラットフォームを提供。著書に『ポーター教授『競争の戦略』入門』『コトラー教授『マーケティング・マネジメント』入門I』『同II実践編』『通勤大学MBA』シリーズ(以上、総合法令出版)、『トップMBAの必読文献』(東洋経済新報社)、『図解 わかる!MBAマーケティング』(PHP研究所)など多数。 

<監修者紹介> 

山中英嗣 (やまなか・ひでつぐ) 

グローバルタスクフォース(GTF)代表取締役

外資系コンサルティングファーム(ロンドン事務所)、国内大手通信事業者、ロンドンビジネススクール学内ベンチャー等を経て現職。英国国立マンチェスター大学ビジネススクールMBAプログラム入学後、リサーチプロジェクトに参画(MPhil取得)。2006年より関西大学大学院商学研究科非常勤講師を兼務。北海道出身。著書に『クリティカルシンキングの教科書』(PHP研究所)などがある。

 

 

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