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「バカな」経営戦略でも成功する「なるほど」納得の理由

吉原英樹(神戸大学名誉教授)

2014年09月16日 公開 2021年03月23日 更新

成功している企業について研究してみると、戦略、組織、人事、工場マネジメント、マーケティングなど経営の仕方が、一見したところ非常識と思えることが少なくない。「そんなバカな」と思わずいいたくなる。

ところが、経営者や実務担当者から説明を受けると、理屈が通っており、「なるほど」と納得せざるをえない。このようにして、私は、「バカな」と「なるほど」の2つの特徴を同時にもつことが、経営で成功するための秘訣ではないかと考えるようになった。

※本稿は、吉原英樹著『「バカな」と「なるほど」』(PHP研究所)より一部抜粋・編集したものです。また、本書の一部をご紹介する以下の記事中で語られている時代背景、会社名、人物の肩書きなどは、1988年当時のものになっています。ご了承ください。

 

「非常識な戦略」でも成功例

重電用の絶縁材料メーカーであった利昌工業は、昭和37年に弱電用・エレクトロニクス用の銅張り積層板(プリント配線板に使用)に進出し、以後、この製品の成長とともに急成長をとげて今日にいたっている。

同社は、資本金2億5,000万円、売上高183億円(昭和60年4月期)の中堅企業である。ところが、競争相手の大企業(松下電工、日立化成、住友ベークライトなど)に、設備投資で先行するという競争戦略をとった。大企業とまともに競争する戦略である。

中堅企業の経営の教科書をみればわかるが、中堅企業のとるべき戦略は、ニッチ戦略である。大企業が手をつけずに残すマーケットのすき間、製品のすき間をねらう戦略である。この常識からすると、利昌工業がとった競争戦略は、非常識な戦略であった。

つぎは、吉川製油のケースである。同社は、もともとは工業用油剤メーカーであったが、いまやラノリン(羊毛脂からとれ、医薬品や化粧品の原料などに使用)の世界一の企業に発展をとげている。

同社の吉川史朗社長がラノリンに進出した理由が変わっている。ラノリンは成熟商品で、世界的にそれぞれの誘導品が一社独占の状態にあった。社長によれば、一社独占の成熟商品をねらうというのが同社の多角化戦略であるという。

ふつう多角化といえば、成長分野に進出するものである。この常識からすると、吉川製油の多角化戦略は、非常識といわなければならない。

もう1つケースをあげよう。山代温泉のホテル百万石である。加賀温泉郷には片山津、山中、山代の3つの温泉がある。20年くらい前までは、この3つの温泉のうち、片山津と山中は一流の温泉地であったのにたいして、山代は二流の温泉地といわれていた。

昭和30年代には、年間客数は片山津32万人、山中24万人にたいして、山代はわずか8万人にすぎなかった。その山代温泉の二流の下の旅館「花屋」が今日のホテル百万石の前身である。ところがいまやホテル百万石は、日本一の温泉旅館といってよい。

二流の温泉地の二流の下の旅館「花屋」が、日本一の温泉旅館ホテル百万石に発展をとげるにいたったターニングポイントは、昭和37年に田んぼの真中にホテル百万石を開業したことである。

田んぼ1,200坪を買うために、借金しなければならなかった。その借金のために、金沢のある銀行の支店に行ったところ、支店長はつぎのようにいった。「あんな肥の臭いところを買ってどうする気だ」

山代温泉の他の旅館の経営者はみんなつぎのようにいったという。「あれで花屋もおしまいだ」

また花屋の時代からずっと勤めているベテランの女中は、「あんな辺鄙な遠いところには通えませんと思った」とその当時のことを思い出している。ちなみに、花屋とホテル百万石の距離は2キロメートル足らずである。

温泉街の中心から離れた田んぼの真中に進出することは、当時の温泉旅館の経営戦略の常識からすると、まさに非常識な戦略といわれても仕方がなかった。

以上、利昌工業、吉川製油、ホテル百万石の3社の経営戦略をみた。いずれも、経営戦略論の教科書や業界の通念からすると、非常識な戦略であった。

「バカな」「あれでおしまいだ」「なんであんなことをするんだ」といわれる戦略であった。ところが、これら3社はいずれもその後、大成功をとげている。なぜか。

 

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