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なぜいまクリステンセンの 「イノベーションのジレンマ」なのか 2

山中英嗣(グローバルタスクフォース株式会社代表取締役)

2015年02月23日 公開 2024年12月16日 更新

 

〔1〕からの続き ★一部重複   

 

 

破壊的イノベーションの全体像とポイント

 ここで、クリステンセンが唱えたイノベーションの中核理論である「破壊的イノベーション」(下図)に関して、多くの人が無視してしまいがちな4つの視点を見ていきましょう。

 

1-1 無視されがちな4つの視点

1  破壊とは「プロセス」である 

これは全編を通して最も重要な点です。私たちは、クリステンセンがいう「破壊的イノベーション」と「持続的イノベーション」を繰り返す“プロセス”について理解する必要があります。 イノベーターというと、「破壊的イノベーション」を起こす新興企業のイメージを持たれる方が多いかもしれません。しかし、『イノベーションのジレンマ』の原題は「The Innovator’s Dilemma」です。つまり、ここでのInnovator(イノベーター)とは、かつて「破壊的イノベーション」を起こし、いまはリーダーとなっている既存主要企業にほかなりません。 

 どんな破壊も、永遠には続きません。市場ができて競合が増えると「持続的イノベーション」での勝負に移行していきます。したがって、「破壊的イノベーション」を起こした企業(破壊的企業)であっても、次の破壊の波がすぐそこに迫っている可能性を常に認識しておく必要があります。新たな破壊に対応し、さらに自らも破壊を起こす努力をし続ける必要があるのです。 ちなみに、後述するハードディスクドライブ業界では、1〜2年で次の破壊が起きています。

 

2 破壊とは「相対的な現象」である

  “破壊” が “相対的な概念” であることは、2冊目の『イノベーションへの解』以降で、クリステンセンによって強調されたポイントです。

 破壊が「プロセスである」ことにも関連しますが、自社が破壊的な技術だと思っていても、1社でも大手がその技術を「既存の性能の競争」と捉えている可能性があれば、もはや破壊的技術とはいえません。すでに「持続的イノベーション」での戦いになっている、ということです。 

 グラハム・ベルによって発明された電話が、かつての電報市場を席巻したのは、電話が電報にとって「破壊的技術」だったからです。とはいえ、現時点で電話を「破壊的技術」と呼ぶ人はいないはずです。

 そう考えると「相対的概念」というのも当たり前のように思えますが、じつは非常に重要な示し唆さを含んでいます。クリステンセンがあえて相対的であると強調したのは、破壊のサイクルが早期化しているからです。 

 例えば、アップルが携帯音楽プレイヤーiPodやスマートフォンのはしりであるiPhoneを出したとき、競合メーカーが対抗するまで時間の猶予がしばらくありました。その間にiPodやiPhoneが一気にシェアを高めていくことができたのです。

 ところが、タブレット型PCのiPadを出した2010年の時点では、間を置かず他社も一気に同様のデバイスを積極的に開発するようになりました。その結果、市場を切り開いたiPadが当初100%近く独占していたシェアも、わずか2年足らずのうちに2012年には早くも50%を切る状況に、そして2014年上半期には20%程度まで急速にシェアを落としています。つまり、破壊的イノベーションで獲得できる1人勝ちの期間が短くなってきているのです。

 

 不確実な世界における競争では、結局安住できる居場所がありません。いまやどの企業も、ミクロ経済学のゲーム理論でいう「同時進行ゲーム」(お互いに相手の次の行動を知らない中で意思決定をしていかなければいけないが、ある時点の自分の行動〈戦略〉が相手の行動〈戦略〉に影響を与えるゲームのこと)に参加しているのです。

 それを常に意識するとともに、“既存の主要事業の依存度”を下げる努力をし続ける必要があります。さらにそのためには、いくつもの破壊の脅威に対応し、自らも破壊の種をまき続けなければなりません。

 

3  「異質な技術」や「急進的な技術」が破壊的とは限らない 

 これは前章で伝統的なイノベーション理論との比較で見てきたポイントです。

 製品の性能が需要を超えている場合、メーカー視点では「過剰品質(Overshooting)」であり、顧客視点では「過剰満足(Overshot customer)」の状態に陥っているといえます。

 この状態では、たとえノーベル賞級の急進的で革新的な技術をもってしても、そして性能の向上がいくら飛躍的でも、必ずしもその付加価値に追加の対価を支払ってはくれません。つまり、期待する売り上げ拡大が結局顕在化しないまま終わってしまいがちです。

 たとえば急進的な技術によって開発された有機EL照明は、LED照明よりもさらに照らす面積が広く、形もフレキシブルに変形させられるといった優れた特長を持っています。

 しかし、既存のLED照明で満足している主要顧客は、残念ながら、その付加価値に対して必ずしも追加費用を払うとは限りません。

 

4  破壊的イノベーションはハイテク市場だけのものではない 

この点についても第1章で見てきました。破壊はどんな製品・サービスにも起こります。シュンペーターやクリステンセンのイノベーションの定義のように、(狭義の)技術に基づかない(「組織が労働力、資本、原材料、情報を、価値の高い製品やサービスに変える」)変化なども、すべて「破壊的イノベーション」になり得るからです。

 ディスカウントストアが、百貨店と比べて粗利益率が半分でも在庫回転率を2倍以上に上げることで、同じリターン(在庫投資収益率)を獲得できるビジネスモデルを作ったことを見てきました。 このように、低価格・低利益率でも下位市場から上位市場を侵食する新たなビジネスモデルを作ったディスカウントストアは、百貨店に対して「破壊的イノベーション」を果たしたといえます。

 


<書籍紹介> 

ハーバード・ビジネススクール“クリステンセン”教授の
「イノベーションのジレンマ」入門

グローバルタスクフォース著/山中英嗣監修

言葉としては知っていても、その理論をちゃんと説明することはできない……そんな人のために体系的に解説。原著と共に読む実践ガイド。

 

・本書の主な内容・

第1章 イノベーションの歴史的背景と定義
「イノベーション」の一般化による弊害/イノベーション理論の比較

第2章 破壊的イノベーションの理論
無視されがちな4つの視点/5つの破壊的イノベーションの法則/破壊的技術に直面した企業の意思決定の6つのステップ

第3章 バリューネットワークの理論
バリューネットワークの全体像とポイント/バリューネットワークの理論の探求

第4章 資源・プロセス・価値基準(RPV)の理論
RPV理論の全体像とポイント/RPV理論の探求/RPVの変化への対応

第5章 破壊へ向けた戦略と計画
意図的+創発的戦略の策定プロセス/破壊的技術のための種まき投資とポートフォリオ

第6章 破壊の兆しの予測と対応
変化のシグナルを探す/競争の激しさを評価する/戦略的選択に目を配る

各章・巻末のまとめのワークシート

 

 

 


<著者紹介>

グローバルタスクフォース(GTF) 

世界の主要ビジネススクール同窓生ネットワーク“Global Workplace"(40万人、日本人約2万人)を母体とするマネジメントリソース会社。上場企業の再編や再生、M&A、新規事業の立ち上げなどの支援要員を、実働チームとして提供するとともに、6か月後からメンバーの転籍・採用を促すことで、ミスマッチの高い採用に代わる企業の新たなタレントマネジメント・プラットフォームを提供。著書に『ポーター教授『競争の戦略』入門』『コトラー教授『マーケティング・マネジメント』入門I』『同II実践編』『通勤大学MBA』シリーズ(以上、総合法令出版)、『トップMBAの必読文献』(東洋経済新報社)、『図解 わかる!MBAマーケティング』(PHP研究所)など多数。 

<監修者紹介> 

山中英嗣 (やまなか・ひでつぐ) 

グローバルタスクフォース(GTF)代表取締役

外資系コンサルティングファーム(ロンドン事務所)、国内大手通信事業者、ロンドンビジネススクール学内ベンチャー等を経て現職。英国国立マンチェスター大学ビジネススクールMBAプログラム入学後、リサーチプロジェクトに参画(MPhil取得)。2006年より関西大学大学院商学研究科非常勤講師を兼務。北海道出身。著書に『クリティカルシンキングの教科書』(PHP研究所)などがある。

 

 

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