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小説『コレキヨの恋文』―泣いて、笑って、経済がわかる!

さかき漣:著,三橋貴明(作家/経済評論家/中小企業診断士):企画・監修

2015年03月03日 公開 2022年10月06日 更新

 

 「今の日本は1990年のバブル崩壊以降、延々とデフレーションが続いています。特に、デフレ下で政府が増税や公共事業削減など、緊縮財政ばかりやるので、いつまでたってもデフレが解消されません。バブル崩壊を受け、企業がリストラクチャリング、あ、ええと、人員削減や工場閉鎖などですが、自らの供給能力を清算し始め、失業率は上がっています。

 わたしも実は結構好きだったのですが、数年前にライオン首相と呼ばれた方が登場しました。その方は国民の人気を背景に、『定率減税の廃止』を実施しました。これは一種の増税です。それ以外にも公共事業削減、それに構造改革など、デフレ促進策を推し進めました。わたしの首席秘書官に言わせると、『結局、デフレを悪化させただけだった』ということになるそうです。

 その方から5代ほど後、民進党─あ、これは日本の2大政党のひとつなんですが─その民進党に、前任者から「ペテン師」、国民から「?つき」と呼ばれる総理大臣も誕生しました。『自分が辞めるから、不信任案を通さないでくれ』と自党の国会議員たちにお願いして、実際に不信任案が否決されても、辞めなかったんです。

 とにかくこんな感じで、個性豊かな方ばかりが首相の座に就き、しかも長続きしないケースが多かったのです。

 数年前には、東北地方の太平洋沖で大地震が起き、津波で大勢の方の命が失われました。その震災は東日本大震災と名づけられましたが、今でも復興はなかなか進んでいない状況です。

 東日本大震災の4年ほど前に、アメリカで不動産バブルが崩壊しました。結果、世界経済全体が需要の極端な落ち込み、つまり恐慌に陥ってしまっています。今の世界について『第二次大恐慌』などと表現する人がいるほどです。

 大震災や自然災害が続き、政治も混乱し、世界中が恐慌状態で、しかも我が国は元々経済がデフレですので、国内に閉塞感が漂っています。日本国内の沈滞感を受けて、マスコミに登場する評論家の方々は、『日本国内に閉じ籠もるな、中国を目指せ』とばかり叫んでいる。うーん、ざっと話すと、こんな感じです」

 「はっはっはっはっはっ!」

 是清は愉快で堪らないという風に、笑い出した。要するにこの婦人は、現在の日本をモチーフにして、未来の日本を想像して話しているわけだ。それにしても、今ひとつ芸がない。もう少し突拍子もない設定があってもよさそうなものだが、これでは今とほとんど変わらないではないか。わざわざ濱口君(ライオン宰相)や若槻君(嘘つき禮次郎)まで登場させるとは、念が入っている。むしろ、やり過ぎのきらいがあるようにも思えるほどだ。

 まあとにかくご婦人の努力に免じ、真面目に答えて差し上げることとしようか。

 「先ほど、さくら子さんは『自由貿易』という言葉を使った。一国の内閣総理大臣という立場にあるのであれば、知らねばならん。自由貿易自体は、国民経済のための単なる道具であり、それ自体が必ず肯定されるという類のものではない。

 特に、欧米諸国が唱える『自由貿易』は、そうだ。何しろ、欧米列強が自由貿易を主張するとき、彼らは原理原則に従ってそれを主張しているのではなく、彼ら自身の利益のために主張している」

 「彼ら自身の利益のため……」

 さくら子の囁き声には反応せず、是清は続けた。

 「例えば、維新の折の黒船は、結局のところ何だったのか考えてみるといい。別にアメリカは、日本を占領するために黒船を送り込んできたわけではない。彼らは自分たちの国で製造した製品の市場を求め、軍艦を送り込んできたのだ。なぜならば、国民経済にとって最も重要な2つとは、生産力と雇用であるためだ。この2つを維持するためであれば、欧米諸国は軍隊を派遣しでても、外国の市場を開かせる。すなわち、『開国』をさせるのだ。

 開国を要求する際に、欧米諸国は関税自主権を取り上げることを好む。そもそも輸入品に関税をかけることは、国家が自国の生産力や雇用を守るための主権行為のひとつだ。それを奪い取る際に、欧米諸国は『自由貿易』をお題目として唱えるわけだな」

 是清はここでいったん、言葉を切った。

 「さくら子さん、考えてもみるがいい。『自由貿易』という名のもとで関税という盾なしで、生産性が極端に高い欧米と交易をした日には、自国の産業が壊滅してしまう。無論、大勢の国民が職を失うことになる。その分、欧米の産業や雇用が潤うという話だが……英国から自由貿易を強制されたインドでは、国内の綿産業が消滅してしまったのだよ。大勢のインド人が働く場を失い、所得を得ることができなくなり、餓死者まで出る始末だ。国民経済がそのような状況に陥ったとして、それでも『自由貿易は絶対的な善である』などと言えるのだろうか?」

 「……とても、善とは言えないと思います」

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